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◆同和問題(部落問題)とは
封建時代の身分制度や歴史的、社会的に形成された人びとの意識に起因する差別が、現在もなおさまざまなかたちで現れている重大な人権問題です。 封建時代において、えた、ひにん等と呼ばれていた人びとは、住む場所、仕事、結婚、交際など、生活のすべての面できびしい制限を受け、差別されていました。それらの人びとが、住まわされていたところが「同和地区(被差別部落)」と呼ばれ、それらの人びとに対する人権問題が「同和問題(部落問題)」で、同和地区(被差別部落)の出身という理由でさまざまな差別を受け、基本的人権を侵害されています。 ◆解放令 1871(明治4)年8月28日、「穢多非人等ノ称被廃候自今身分職業共平民同様タルヘキ事」(えたひにんとうのしょうはいせられそうろうじょうじこんみぶんしょくぎょうともへいみんどうようたるべきこと)という、太政官布告(いわゆる解放令)が出されました。 これにより同和地区住民は、封建時代のもとで受けていた身分差別から一応制度上は解放されることになりました。 しかし、この太政官布告は、形だけの解放令にすぎませんでした。単に蔑称を廃止し、身分と職業が平民なみに扱われることを宣言したにとどまり、同和地区住民が差別と貧困から解放されるための実質的政策は、なにひとつ伴わなかったのです。 ◆全国水平社 1922(大正11)年3月、全国水平社の創立大会は京都で開催され、全国各地の被差別部落から約2,000人が集結しました。満場一致で採択された「水平社宣言」は、差別されてきた同和地区の人びとが人間の権利と尊厳を獲得し、自らの力と団結によって解放をめざすことを宣言したものです。 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で結ばれる「水平社宣言」をきっかけとして、全国の同和地区の人びとは団結し、差別をなくすために立ちあがり、各地で多くの水平社が結成されました。 ◆戸籍制度と戸籍の公開制限 戸籍制度は、日本国民の夫婦や親子関係を登録して公に証明するものです。1872(明治5)年に、わが国最初の統一戸籍(壬申戸籍 〜じんしんこせき〜)が作られました。この年のえとが壬(みずのえ)申(さる)であったことから、この戸籍は壬申戸籍と呼ばれています。 この戸籍には、依然として廃止されたはずの身分が書かれた例がありました。 戸籍法では、以前は戸籍の公開が原則とされていたので、他人の戸籍簿を閲覧したり、戸籍謄(抄)本を取るなど、結婚や就職の際の身元調査に悪用されることがありました。 そこで1968(昭和43)年、法務省は通達により壬申戸籍の閲覧を禁止し、さらに1976(昭和51)年、人権擁護の立場から戸籍法を改正して、閲覧制度を廃止するとともに戸籍謄(抄)本を請求する場合は、使いみちを明らかにさせるなどの公開制限を行いました。 ◆ 壬申戸籍 1871年(明治4年)、太政官布告でいわゆる「解放令」をだしました。これにより賎民身分は、法律・制度のうえではなくなりました。しかし、それは単に蔑称を廃止し、身分と職業が平民なみにあつかわれることを宣言したにとどまるもので、被差別部落の人々が実質的に差別と貧困から解放される政策を伴ったものではなかったのです。 1872年(明治5年)わが国で最初の近代的な戸籍といわれる「壬申戸籍」がつくられました。この戸籍には、旧身分や職業、壇那寺、犯罪歴や病歴などのほか、家柄を示す族称欄が設けられ、中には「新平民」などとかかれているものもありました。戸籍法では、従前戸籍の公開が原則とされていたので、この「壬申戸籍」は1968年(昭和43年)包装封印されて厳重に保管されるまで、他人の戸籍簿を閲覧したり、戸籍謄(抄)本を取るなど、結婚や就職の際の身元調査に悪用されました。 |
| ※ 本文の主旨から、当時の身分呼称はそのまま用いています。 (参考及び引用文献) ・東京都発行「明るい社会をめざして」 |
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