ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

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人権に関するさまざまな知識のコーナーです

資料館探訪 日本新聞博物館「多様性とメディア」
~企画展「多様性メディアが変えたもの メディアを変えたもの」~

企画展「多様性 メディア変えたものメディア変えたもの」
ニュースパーク(日本新聞博物館)
館長 尾高 泉(おだか いずみ)


当館は、新暦1871年1月28日(旧暦明治3年12月8日)に日本の日刊新聞が誕生した地、横浜にある「情報と新聞」の博物館です。
全国の新聞・通信・放送123社で構成する日本新聞協会が運営しています。
日本の近代化を支えてきた新聞の150年の歴史を体系的に紹介するほか、現代の情報社会の中で「確かな情報を見極める力」の大切さ、新聞・ジャーナリズムの役割を伝えています。
次世代の情報リテラシー各種教育プログラムも運営しています。

古くて新しいテーマ、「人権の尊重」に果たすメディアの役割

2023年4月22日から8月20日まで、企画展「多様性 メディアが変えたもの、メディアを変えたもの」を開催したことから、貴会とご縁をいただきました。拙稿をお読みの方には、300点の展示資料を企画展で見ていただけず残念ですが、内外の関心の高さに応えて、閉幕後も記録集を作り、この古くて新しいテーマについて発信していきたいと思っています。

なぜ、このテーマが古くて新しいのかー。最近、「Diversity Equity & Inclusion(DE&I/多様性、公平性、社会的包摂)」が、SDGsと併せて世界的潮流になっていることもありますが、何よりも、当館が常設展示で伝えている「ジャーナリズムの役割」の一つ、「人権の尊重」に関わるからです。新聞などの報道機関は、社会の中の差別や不平等について問題提起し、その撤廃を報道や事業活動を通じて訴えてきました。制度整備につながった事例も数多くあります。創刊の社是や理念に掲げられるレベルの崇高な視点です。多様性を認めることは、「人の意識」によるところが多く、その意味で、メディアや教育の影響は大きいといえます。

この企画展では、明治以来、メディアが果たしてきた「人権の尊重」という役割を伝える一方で、1985年の男女雇用機会均等法制定以降のメディアへの本格的な女性参加、最近の若い人の感性、SNS社会、グローバル化といった「メディアを変えてきたもの」にも注目しました。

新聞は「学制(1872(明治5)年)」「参政権(第二次世界大戦後)」など制度にみる男女の格差の歴史や、女性の労働をめぐる社会の論評を記録してきました。明治中期に政論新聞が報道主義・商業主義に転換するなかで、女性向けのコーナーが誕生し、現在の「家庭」「くらし」「生活」面につながっていきます。

女性以外の視点では、新聞は、民族、障害、病気を理由にした差別や、労働・教育の領域での人権、差別の扱いも記録してきました。アイヌや琉球の人々には、日本政府の同化政策を受けながらも、常に差別されてきた歴史があります。都市の発展に駆り出された農村出身の貧しい労働者、ハンセン病はじめ、病気や障害を持った人への社会の厳しい差別の事例を、新聞は伝えてきました。

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「メディアの中の多様性」を問い、メディアを変えているもの

企画展では一方で、近年、DE&Iがそうであるように、自治体であれ企業であれ、商品・サービスを提供する組織の「中」の多様性の有無が問われていることも扱いました。博物館業界にも、世界的に同様の動きがあります。一部のメディアが女性の役員や管理職、紙面や放送に登場する男女比率などの数値目標や働き方改革を含めた行動計画を設けていますが、一般企業に比べ、メディアの中の多様性はまだ道半ば。日本のジェンダーギャップは「146か国中125位」(世界経済フォーラム2023年版報告)。多様性を重視する社会の変化に対し、報じる側が問われています。メディアは社会を映す鏡であるのに、その「客観報道」の視点は、健康で高学歴な日本人の男性による同質性の高いものだったのではないか、という声も寄せられました。

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それでも、均等法後に入社した女性記者らは、女性用のトイレや宿直室もなく、ハラスメントという言葉も広まっていなかった時代に、多様な視点をもたらして報道を変えてきました。そのことも企画展では事例をもとに伝えました。バトンは確実に世代を超えてつながっています。

このほか、メディアを変えたものには、「グローバル化やSNSをはじめデジタル化による社会の劇的な変化と人々の意識」があります。これは、一般企業の方も感じていることと思います。動画配信サービスのコンテンツにみる多様性、企業の投資家や取引関係者からの指摘、何よりも消費者、就活学生の厳しい目があって、ジェンダー平等や性的少数者へのまなざしには、経済界も敏感に反応していることは、夫婦別姓や同性婚、LGBT理解増進法の議論をみてお分かりになるとおりです。メディアもさまざまな視点でそれを報じています。

今では、メディアの中の若い世代は、男女問わず柔軟な人権意識を持っています。優生保護法の廃止から20年以上がたっているのに、ハンセン病患者への強制不妊に対する補償の課題が残っていることを全国に大きく報じるきっかけを作ったのは、30代の男性記者でした。「アスリート盗撮」の問題を明らかにしたのも、20代の2人の運動部女性記者。新人や20代の記者の半数が女性という社も増えつつあります。2022年からは、上智大学の三浦まり教授と共同通信社などのネットワークが、都道府県版ジェンダー・ギャップ指数調査を開始。「経済」「教育」「政治」「行政」の4つの視点で指数化することで、地域の特性を抽出し、全国各地の新聞社が一斉に特集記事を掲載しています。この中心にいるのも、やはり若い記者たちです。

毎日の紙面には、ジェンダー平等、男性らしさ、家族、子ども、性的少数者(LGBTQ)、病気や障害、アイヌ、琉球、国籍、日本の中の外国人、被差別部落、犯罪被害者、さまざまな声が載っています。累犯障害者、シングルマザー、ヤングケアラーなど、マイノリティーの事情が重なることで、より状況が深刻になることを、今日も伝えている記者がいます。

企画展では、新学習指導要領が完全実施されたいま、新聞記事の活用とあわせた授業の実践も紹介しました。Z世代の学ぶ教科書は、SDGsやDE&Iの視点を重視して作られています。その学びを新聞がより深めることができると考えています。

SNSで当事者が直接、声をあげられる時代が来て、企画展後には、ジャニーズ問題のように、メディアの不作為が厳しく批判される事例も出ました。それでもメディアがストーカー被害、ヤングケアラーなど、まだ名前がついていない社会課題に言葉を与え可視化することで、社会の中に議論の場が生まれます。その過程を当事者に伴走して長い信頼関係を築いている記者がいます。当館も、「多様性」やその中での「包摂性」について、現代のメディア環境やジャーナリズムの役割と併せた議論を続けていかなければいけないと考えています。

皆さまのご来館をお待ちしています。
地図


2024.5 掲載

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