ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

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エコーチェンバー現象

プロフィール

笹原 和俊(ささはら かずとし)

2005年東京大学大学院総合文化研究科修了。博士(学術)。
名古屋大学大学院情報学研究科助教・講師を経て、現在、東京工業大学環境・社会理工学院准教授。国立情報学研究所客員准教授。専門は計算社会科学。
主著に『フェイクニュースを科学する』(化学同人)、『ディープフェイクの衝撃』(PHP研究所)がある。

SNSや動画共有サイトなどのソーシャルメディアを利用していて、似たようなニュースや興味に合致するコンテンツばかりが、繰り返し目に入るという経験をしたことはありませんか。そんな経験のある方は、すでに「エコーチェンバー」の中にいる可能性があります。閉じた空間で音が反響する物理現象に例えて、エコーチェンバー(echo chamber=反響室)とよばれています。

ソーシャルメディアでは、自分と同じ興味や関心をもつユーザーをフォローする傾向があり、その結果として、同じ情報が流通し続ける閉鎖的な環境が形成されます。また、ソーシャルメディアのアルゴリズムが、ユーザーの過去の行動履歴を分析し、そのユーザーに対して最適化されたコンテンツを推薦することによって、情報の均質化が加速されます。これらの結果、エコーチェンバーが発生するのです。

エコーチェンバーの中にいると、真偽が確認できない情報でも、それが繰り返し提示されることによって、その情報を容易に受け入れてしまう傾向(単純接触効果)があります。また、友人からの投稿や多数の「いいね!」によって、その情報を無批判に共有する可能性も高まります(社会的影響)。さらに、エコーチェンバーの中では、多角的な視点からの情報取得が困難となり、それが社会的な分断や偏った意見の生まれやすさを助長します。

民主主義におけるエコーチェンバーの危険性を初めて指摘したのは、法学者のキャス・サンスティーンでした。以来、ソーシャルメディアの普及とともにこの問題は顕在化してきています。図1は、2020年の米国大統領選に関するTwitter(現「X」)上の情報拡散(リツイート)の様子を示しています。異なる政治的イデオロギーを持つ集団間でのコミュニケーションが分断されていることが見て取れます。

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図1:2020年の米国大統領選に関するTwitter上の情報拡散(リツイート)の様子。
点がユーザー、線がリツイート、赤がトランプ支持派、青がバイデン支持派。出典:著者作成


このような社会的分断と情報の偏りは、政治だけでなく、私たちの日常生活にも影響を及ぼしています。例えば、食に関する価値観の対立(オーガニック派とファストフード派)、LGBTQに関する道徳的な価値観の対立、コロナ禍の反ワクチン運動の過激化や反イスラム運動におけるヘイトスピーチの拡散(図2)など、さまざまな場面でエコーチェンバーが確認されています。

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図2:コロナ禍の反イスラム運動に関するFacebookのヘイトスピーチの拡散の様子。
点はユーザー、線はシェア、右上が反イスラムのグループ、左下が反イスラムに反対するグループ。
出典:P. Ghasiya and K. Sasahara, Social Media + Society (2022)


デジタル時代に生きる私たちは、エコーチェンバーの問題をどう克服すれば良いのでしょうか。まずはメディアリテラシーを身につけ、ユーザー自身が情報源を批判的に評価し、多角的な視点から解釈する力を養うことです。プラットフォーム側も、アルゴリズムの透明性を向上させ、ユーザーが自分の情報を適切にコントロールできる仕組みの提供が必要となります。簡単ではありませんが、公正で多様性に富んだ社会を維持するためには、これらの課題に取り組むことが重要と言えるでしょう。


2024.5 掲載

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