部落差別の根源にあるもの −皮と肉のケガレー(その1)


大阪市立大学 非常勤講師 辻本 正教(つじもと まさのり)
●プロフィール

1949年、奈良県橿原市生まれ。
1971年、関西学院大学文学部美学科卒。
1975年、奈良市役所をへて、部落開放同盟奈良県連合会事務局に勤務。現在に至る。
現在部落開放同盟中央執行委員、部落開放同盟奈良県連合会書記長、大阪市立大学ニ部非常勤講師、天理大学非常勤講師。

主な出版物 ・論文
【けいはつ ケガレ意識を考える】(奈良県部落解放研究所)、【洞村の強制移転ー天皇制と部落差別】(解放出版社)、【御根太草履(おねぶとぞうり)と呪的世界】上・中(『部落解放史ふくおか』福岡部落史研究会)、「粟舎利と蘇民将来の謎ー日吉・唐崎のトポスと蛙」(『被差別民の精神世界ー部落史観の転換』明石書店所収・上野茂編 共著)、「癩と懶(ものくさ)ー『御伽草子』の世界から」(奈良県部落解放研究所紀要『部落解放』十一)「ケガレ意識と部落差別を考える」(一九九九年解放出版社)

写真


屠家に生まれしを悲しむ

 横井清さんの『中世民衆の生活文化』を読んで、衝撃を受けたことがあった。京・相国寺鹿苑院の院主・周麟が残した日記(15世紀)に、次のようなことが記されてあったという。

「 やつがれ(私)、屠家に生まれしを一心に悲しみとす。ゆえに物の命は誓うてこれを断たず、また財宝は心してこれを貧(ムサボ)らず。昔日路上において蚊帳四五片を拾う、やつがれその人を追いてこれを与う、今に至るも路に逢わば、すなわちこれを謝す」 予、おもえらく、又四郎それ人なり。今時、円顱方袍(エンロホウホウ)(僧侶のこと)の所為は、屠者に及ばず。慙愧(ザンキ)々々。

 当時、たいへん高価であったはずの蚊帳を落としながら気づかず、荷車で去っていった人物を追いかけ蚊帳を戻してやったということなのだが、ここではそれよりも「やつがれ、屠家に生まれしを一心に悲しみとす」という部分に的を絞ってみたいと思う。

 又四郎とは、善阿弥(室町時代の庭作り名人)の嫡孫その人のこと。「屠家」というのは、「生きものを屠り販(ヒサ)ぐことで生活する家」をさしてそう呼び、別途「屠者」とあるのもその家筋に生まれた者のことをいっている。

 又四郎は、「屠家」に生まれたことを「一心の悲しみ」とし、だからこそ「物の命は誓うてこれを断たず」と自らを律していたのだが、では彼はなぜこんな台詞(セリフ)を周麟に吐くこととなったのか。不殺生戒(フセッショウカイ)の存在を考えてみるべきだ。僧が守るべき十戒の一といえばそれまでのことだが、この不殺生戒ほど日本人の心を捕らえて離さなかったものはなかった。「そんな殺生な!」という訳だ。

 そうした戒律を民衆の規範意識にまで高め、かつ深めさせていった僧侶たち。又四郎の述懐もその眼前に禅の僧がいたからこそのことだった。




人を屠ること・牛馬を屠ること

  屠家=穢多の仕事の中心は、死牛馬の解体・処理ということだった。そのようにして皮を取得し、それを鞣(ナメ)すことを通じてあの美麗で強靭な革を作る仕事に携わっていたのだ。いったいその作業のどこに、「屠(=殺)」などといった工程が含まれていたというのか。にもかかわらず、彼ら河原者が貴族たちから、「屠者」と呼ばれ穢多と呼ばれなければならなかったのは何故なのだろうか。


 その前に、読者にぜひ知っておいてもらいたいことが二つある。その一つは武家もまた貴族たちからは「屠児(トニ)(=屠者)」呼ばれた存在であったということなのだが、彼らは要するに「人殺し集団」のほか何者でもなかった。にもかかわらずその武士が「穢多」とは呼ばれず、ただ「河原人」たちだけが13世紀以降「穢多」と呼ばれるに至ったということ。

そしてもう一つが、善阿弥や又四郎がまさに生きたその頃、京に住んだ三条西実隆という貴族が「長年同家に仕えてきた『下女』と『官女』とを絶命以前に(鴨河原に−筆者挿入)急遽捨てて」いたということなのだ。

 このことを考えれば、牛や馬も人と同じようにもう死ぬと分かればまだ息があるうちに、河原やそれに代わる場所に捨てられていた可能性が高い。だとすればそこに住む河原者が、捨て牛馬を屠り、皮を剥いで肉をとっていなかったと誰がいえようか。遺棄された病牛馬を拾い、屠ること、すなはち祝い上げ、葬るということだ。

 河原者が「屠児(=屠者)」と呼ばれ、穢多とも呼ばれるようになった原因も、どうやらこの辺りのこと、つまりは「皮と肉のケガレ」にあったようだ。

 「人を屠る」ことをした武士が、「屠児」と呼ばれながらも穢多とは呼ばれなかった事実の中に、ケガレとは何かを解くカギが隠されてあるらしい。本誌三十号で赤坂憲雄さんが、次のようなことをおっしゃっている。

次回に続く

部落差別の根源にあるもの -皮と肉のケガレー(その2)
  • 皮と肉のケガレ
  • ケガレと皮剥 
  • 毛枯れ・毛離れ


  •