日本人は複合民族

 この十数年、人類学・民族学・考古学・地誌学・古生物学・などの著しい進展に

よって、この列島に住むいわゆる「日本人」は、アジアの各地からやってきた

<数系列からなる複合民族>であることが明らかになってきた。渡来してきた諸集

団、そのやってきた道筋や年代も、かなり詳しく辿れるようになってきた。

 そして、戦前の天皇制ナショナリズムの時代に流布されたヤマト民族による<日

本人単一民族説>は、今では学校のテキストから完全に姿を消し、論壇でも影が

薄くなった。

 この日本列島の文化は、海のルート・陸のルートを通って、東南アジアや東アジ

アをはじめ、北アジアや西アジアなどの各地方から入ってきた諸文化の複合体とし

て生成されてきたのである。

 ヒトが移動する際には、衣・食・住の生活習慣をはじめ、自分たちの生き方を定

めてきた文化を携えていくことになる。もちろん、新天地での環境が大きく変われ

ば、それに適応するためにその文化を変容し、あるいはやむをえず放棄する場合も

少なくない。新天地の文化が優れていると分かれば、その地の先住民と交流してそ

の生活民俗を積極的に取り入れ、より高い生活環境を目指すことになる。

 そして、気候や風土など新しい自然環境に適応していくために、遺伝子

(DNA)も、長い時間をかけて変化していくことになる。いずれにしてもヒトの営

む文化は、自然環境の変動に決定的に左右されてきたのだ。いかに文化が進ん

でも、ヒトは大自然の中でのみ生きることのできる生物の一員で、「自然・内・存

在」であることには変わりない。

 このようにして、在来のヒトと新しく渡来してきたヒトの間で、交流と混血が進

められていくが、血なまぐさい抗争が繰り返されて、両者の間に<征服-被征服>

の関係が成立する場合も少なくない。そして、征服された側は、マイノリティー

(少数民族)として見下されて、支配体制から排除されていくことになる。

 そのようにして民族の融合が進んでいくが、それとともに新しい渡来文化も、在

来系の文化と融合していく。ただし、いつでも在来系の優位のもとに文化複合が進

められていくわけではない。新しい渡来系の方が優勢となって、在来系を駆逐した

り併合してしまう場合もしばしば見られる。例えばこの列島の「縄文系」と「弥生

系」の場合では、新しい渡来文化である弥生系の優勢のもとに複合が進められてい

き、先住民であった縄文系は辺境の地に追いやられていったのである。

 このように日本文化は、アジアの各地から入ってきた文化の複合体であることを

まず抑えておくことが、日本民族のアイデンティティーを論じる場合の大前提にな

る。


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