ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

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人権に関するさまざまな知識のコーナーです

食料支援は平和へと続く道 WFP国連世界食糧計画のノーベル賞受賞に際して

プロフィール

特定非営利活動法人国際連合世界食糧計画WFP協会
理事 事務局長
鈴木 邦夫(すずき くにお)

大手広告代理店にて国内外の広告、マーケティング計画の立案、実施に携わる。その経験を海外支援活動に活かすために国連WFP協会に入職、2015年より現職。出身愛知県。

2020年はWFP国連世界食糧計画がノーベル平和賞を受賞するという、大変意義のある1年でした。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、世界の飢餓防止に人道的観点から取り組む姿勢が評価され、国連WFPの活動が世界の平和を築く礎であると広く認められたことを大変誇りに思います。それと同時に、これまで当協会を通じ、国連WFPの活動を支えてくださった皆さまのご支援に、深く感謝申し上げます。

国連WFPは飢餓のない世界をめざして活動する国連唯一の食料支援機関として1961年に設立されました。国連機関としては相対的に歴史も浅い事もあり日本での知名度は今ひとつかもしれませんが、実は予算から見るとUNICEF、UNESCOと言った他機関を凌駕する最大の機関となっています。紛争、自然災害など緊急時に食料を届けると同時に途上国の地域社会と協力して学校給食支援、母子栄養支援などを通して栄養状態の改善と自立した強い社会づくりに取り組んでいます。2020年には世界84カ国で1億1,550万人を対象に食料支援を行いました。またその活動資金は各国政府からの任意の拠出金および民間からの支援によって賄われています。私が事務局長を務める国連WFP協会は、日本における国連WFPへの民間支援の公式窓口として1999年に設立されたNPO法人です。

ホンジュラスの家族

© WFP/Gerardo Aguilar ホンジュラスの家族


食料支援と平和賞

食料支援と平和賞、食料と平和、どう関係があるのだ? という疑問を持たれる方も多いかと思います。ノーベル委員会は授与理由について、「飢餓と闘う努力、紛争影響下の地域における平和実現の条件改善への貢献、飢餓が戦争や紛争の武器として利用されないための努力」を挙げています。

カンボジアで学校給食を食べる子どもたち

©WFP/ Ratanak Leng カンボジアで学校給食を食べる子どもたち



1990年代から飢餓人口は徐々に減少しましたが、2014年以降世界の飢餓人口は増加に転じています。その要因として世界各地で勃発する内戦、紛争と気候変動に起因すると思われる自然災害が挙げられています。シリア、イエメン、南スーダンなどなど、中東、アフリカでは長年にわたる紛争によって疲弊した国々が少なからずあります。そうした国々に於いては食の安全保障が概念としてではなく生死に関わる課題として存在します。紛争地では食料が手に入る/入らないが人々の生死を左右することになるだけではありません。紛争当事者にとっては食料が敵陣に行くか、自陣に来るかは極めて大きな戦略的な意味を持ちます。その意味で食料は形を変えた武器として利用される事があるのも現実です。内戦の続くシリアでは政府と反政府勢力が相互に都市封鎖を行い、その結果として食料・医療品という本来生命を守るための物資がその都市に住む人々の生存を脅かす武器として利用されています。国連WFPは人道的な観点から一時的な停戦を呼びかけ、そうした都市に食料支援を行なっています。また内戦、紛争の引き金には常に地域間、民族間での格差の問題が含まれています。この格差の問題が十分に食べる事ができないと言う問題に端的に表されている事も容易に想像されます。戦争のあるところには飢餓の問題があり、飢餓の問題が解決されない限り平和は決して訪れません。今回のノーベル平和賞は、食料が安定的に供給される事は平和構築の欠かせない礎であると言う事をノーベル委員会が、そして世界が、再認識したと言う点で大きな意義があります。国連WFPの活動は人間を殺傷する武器ではなく、人間を生かす食料によって平和を築き上げる活動なのです。

2020年ノーベル平和賞受賞

©WFP/ Rein Skullerud 2020年ノーベル平和賞受賞


平和は祈るだけではなく創るもの

私達の暮らすこの国は永年、平和国家と自らを称し、自国の安全と繁栄を享受してきました。この繁栄を築いてきたものは自動車を筆頭とする多くの輸出産業であることは言を俟ちません。しかしその大前提として世界が全体として平和で、かつ安定した経済環境、マーケットが必要です。

シリア、イエメンの内戦は日本から見れば遠い国での局地的なものかもしれません。また資源国として両国に対する日本の依存度は限定的とも言えます。しかし中東の不安定は欧州経済に対して難民問題ばかりでなく大きな影響を及ぼします。欧州経済への影響は米州経済へ、そして太平洋を越えて日本、中国の経済へと波及します。現在のグローバル社会では相互の影響が決して遮断できない事は、今回の新型コロナウイルス感染拡大で図らずも立証された通りです。現在は中国にその座を譲ったものの永らくこの国はGDP世界第2位と言う経済大国であり続けました。しかしその経済を支える世界平和のためにわれわれは何をしてきたのでしょうか? 毎年8月になると一斉に新聞紙面では「平和への祈り」と言う言葉が踊ります。平和を祈る事は大切な事ですが、同時に平和を構築するために何が必要であり、何をすべきか、問いかけるべきではないでしょうか? 平和国家を自称する日本政府の取り組みはもちろんですが、その平和の恩恵に預かっているその国民も意識的に取り組むべきであると考えます。

戦争はもちろん人間が引き起こす災禍ですが、平和も同様に人間が創り上げなければならないものです。平和を享受する日本国民としてそのための国際社会のさまざまな努力、営為を決して忘れてはなりません。今回この紙面を借りて皆さまにこうした営為の中に国連WFPによる食料支援活動が含まれていることをお伝えできれば私としてはこれに勝る幸せはありません。

マダガスカルの子どもたち

©WFP/Giulio dAdamo マダガスカルの子どもたち




2022.5 掲載

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