ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

ご存知ですか

人権に関するさまざまな知識のコーナーです

みなさんは「ニューロダイバーシティ」 という言葉をご存じでしょうか?

プロフィール

一般社団法人 子ども・青少年育成支援協会 代表理事
村中 直人(むらなか なおと)

臨床心理士・公認心理師、Neuro diversity at Work株式会社代表取締役
人の神経学的な多様性に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働きかた、学びかたの多様性が尊重される社会の実現を目指して活動。
2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、現在は「発達障害サポーター’sスクール」での支援者育成にも力を入れている。
主な著書『ニューロダイバーシティの教科書―多様性尊重社会へのキーワード』

ニューロ(Neuro)とダイバーシティ(diversity)をつなげた造語で、直訳すると「脳や神経の多様性」という意味になります。ですが、わざわざニューロダイバーシティという場合、単純に「人間の脳や神経の働き方って多様だよね」という科学的事実を意味するだけではなく、そういった多様性を肯定的に捉えてお互いに尊重していこう、というメッセージを込めた言葉として使われます。

この言葉は1990年代後半に、発達障害の一つであるとされる自閉スペクトラム(※1)の当事者たちによって生み出され、社会運動の文脈で広がっていきました。当時はインターネットが急速に発達し始めた時代です。各地で孤立し、生きづらさを抱えていた自閉スペクトラム当事者たちは、インターネットという手段を得ることで自分と同じような「仲間」を見つけることができるようになりました。自閉症はコミュニケーションや共感の障害と言われますが、インターネットを使うことで、共感し合えてスムーズに意思疎通が出来る相手を見つけたのです。そして自分たちの特性を単純な能力の欠如や劣性として捉える眼差しに疑問を投げかけ、人の多様性の一部として尊重する社会のあり方を主張し始めました。つまり、ニューロダイバーシティは人権擁護のために生まれた言葉なのです。

日本においてニューロダイバーシティが紹介される場合、世界的IT企業における自閉スペクトラム者の雇用の話として伝えられることが今までは多かったです。例えばSAP(※2)は特異な才能のある自閉スペクトラムの若者を積極的に採用することで、大きな成功を収めたことで知られています。これは逆に言うと、それだけの才能を持った若者でも特別なプログラムが準備されなければ、職に就くことさえ難しい状況であることを意味しています。そしてそれは、日本においても状況は変わりません。発達障害とカテゴライズされる人たちの雇用促進はこれからの社会における重要な課題の一つです。そのため昨年には経済産業省のホームページに「ニューロダイバーシティの推進について」というページが作られました。これからは日本においても、ニューロダイバーシティという言葉を目にしたり聞いたりすることが増えていくことでしょう。

今までのお話から、「なんだ障害者雇用の話か」「私は発達障害じゃないから関係ない」などと思われた方もおられるかもしれません。ですがそうではないのです。ニューロダイバーシティという言葉はすべての人が対象となる概念です。なぜなら人間は思っているよりも「他人と似ていない」し、脳や神経の働き方レベルで全員が多様な存在だからです。



例えばみなさんはどんな「クロノタイプ」の持ち主でしょうか? クロノタイプとは睡眠リズムに影響する体内時計の個人差のことです。もう少し簡単に言うと「朝型」「夜型」のどちらの生活リズムが合っているのかという話です。実はこのクロノタイプ、近年の研究で遺伝の影響がとても大きいことがわかってきました。つまり「朝型」の人が努力して「夜型」になることは難しいし、その逆もそうなのです。そういった科学的な根拠から考えると、全員一律の「早寝、早起き」の推奨は好ましくないことがわかります。早寝早起きの強制は朝型のクロノタイプを持つ人にとっては有利ですが、夜型の人にはとても不利な社会だからです。自然に睡眠不足になってしまいますし、睡眠不足は人の思考力や記憶力を低下させることも分かっています。私はやや夜型のクロノタイプの持ち主なのですが、早起きが出来ない自分のことに少しコンプレックスを感じていました。ですがそれが生来的な特性なのだと理解してからは、自分に合った睡眠リズムを追求するようになりました。その結果、かなり集中力や業務効率がアップしたと感じています。

クロノタイプの違い以外にも人間を理解するためのニューロダイバーシティの視点が実は無数にあります。今までは、脳や神経の働き方の個人差をあまり考慮しない社会のあり方が当たり前でした。その裏側には「人間なのだからみんなだいたい一緒でしょ」という価値観があり、また一律に扱い管理することを良しとしてきた歴史があります。私はそんな社会のあり方を「レンガ型マネジメント社会」と呼んでいます。確かに拡大し続けるマーケットに向けて効率と大量生産を追求した高度成長期には、レンガ型マネジメントで産業や経済は爆発的に成長しました。しかし成熟期に入り社会はもうすでに大きく様変わりして、その頃の成功体験から脱却しなくてはいけない時代がきています。

ニューロダイバーシティという言葉は、そんな社会のあり方に一石を投じ、真に一人ひとりを大切にし、尊重する社会のあり方を問う言葉です。そしてそれはそのまま、人の力を最大限に引き出す働き方や学び方の個別最適化の話でもあります。私はその発想を「石垣モデルマネジメント」と呼んでいます。日本にレンガが定着しなかったのは地震が多い国であることが理由の一つだそうです。レンガは大きな変化に弱いのです。日本は世界に誇る石垣を生み出した国です。変化の激しいこれからの時代、西洋型(才能発掘型)ではない、石垣モデルの日本型ニューロダイバーシティを世界に発信できるポテンシャルがこの国にはあるはずだと私は信じています。

村中直人


※1 自閉スペクトラム(ASD):コミュケ-ションや社会性の困難、強いこだわりなどを診断基準とする精神医学の診断カテゴリ-の一種
※2 SAP:ドイツ中西部ヴァルドルフに本社を置くヨーロッパ最大級のソフトウェア会社



2023.10 掲載

一覧へ戻る