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見聞

人権に尽くした人たち 住井すゑ 〜 人間平等の心を訴え続けた作家(最終回)

◆ 命の讃歌「水平社宣言」

 江戸時代から続いてきた身分制度は、明治政府の布告した解放令によって制度自体はなくなりました。しかし、実質的に解放するための政策を伴ったものではなく、人が人を蔑み差別するという実態は残りました。

 大正時代に入り差別解消に向けてのさまざまな運動がおこります。そして、同じ考えを持つ人たちが全国から集まり、1922年「全国水平社創立大会」が開かれました。この大会で読み上げられた「水平社宣言」は日本で最初の人権宣言といわれ、「人間は尊敬すべきものだ」という人間の本質を謳っています。「『人の世に熱あれ、人間に光あれ』の文で締めくくられるこの宣言こそ人権の夜明けであり、世界に誇りうる私たちの文化財だ」と、すゑは言い切っています。


◆ 作品へのこだわり

▲自宅でくつろぐ…すゑ 主人公が水平社宣言を読む場面で、宣言の一部を修正して作品に載せたことです。宣言文では「男らしき産業的殉教者」となっていますが、作品では「男らしき」をはずし「産業的殉教者」としています。すゑは、「男らしき」というのは身分差別と捉え、なぜ女性が書かれていないのかに疑問を感じました。仕事をするのは、何も男だけではない、女もしていると・・・。そこで、あえて「草稿を読む場面」を作り、水平社宣言本文にある「男らしき」をはずしたのです。

 すゑの作品に対する思いの深さを感じさせるエピソードといえるのではないでしょうか。


◆ 第七部発刊記念講演会

▲講演を行う…すゑ  この時90歳。日本武道館で「地球は一つであれ」と講演し、次のようなことを語っています。

 老子の第一章「道」には、「この世に絶対に服従しなければならず、抵抗することのできない道がある」という意味の言葉がある。私はこれを「時間」だと考える。どこに生まれようが、どのような暮らしをしようが、時間の上にすべての命は平等である。人為的なものは時間の法則にはかなわない。死はすべての人が受け入れなければならないものだからだ。人間がすべて平等であるのは法則だ。一人ひとりが人間であるという意識を持ち、相手も人間であると認識する。つまり平等であり、それが自然であり法則であると私は思う。


▲抱樸舎  すゑは生前、自宅の敷地内に建物を建て「抱樸舎」と名付け、ここを訪れるさまざまな立場の人びとと一緒に話をすることを楽しみにしていました。現在は、残念ながら閉館しています。

 すゑを乗せたことのあるタクシー運転手の方にすゑの人柄を聞きました。「偉い人なのにそんな様子は全然見せなかった。地元でも大変慕われていたようだ」と語ってくれました。


 1997年、95歳の時、牛久沼畔の自宅にて永眠します。第七部記念講演会で「願わくはあと10年生きさせてもらって第八部を書きたい」と語っていましたが、その願いは叶いませんでした。書斎に積まれた原稿用紙には「橋のない川 第八部」と一行だけ書かれてあったそうです。



※2‥「抱樸」の出典は老子の書物であり、「樸」とは、山から切り出されたままのアラ木(原木)のこと。人間は素朴で私心を薄くし、私欲を慎むべきであるという意味。
*参考文献‥「橋のない川」(住井すゑ著/新潮社)、「水平社宣言を読む」(住井すゑ・福田雅子著/解放出版社)、「橋のない川 住井すゑの生涯」(北条常久著/風濤社)、「住井すゑとその文学の里」(栗原功著/広報うしく)
*写真の掲載にあたって「住井すゑとその文学の里〜牛久沼のほとり〜」(栗原功著/広報うしく)より転載

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