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見聞

柳 宗悦〜 「民藝」運動に生涯を捧げ、朝鮮の国・民族・文化を愛し弁護した「民藝運動の父」(その2)

◆ 朝鮮民族美術館の設立

 その当時、朝鮮には朝鮮時代の民衆的工芸品に注意を向ける人はほとんどいない状況でした。宗悦は、朝鮮の民族の優れた作品が失われようとしているとの危機感をいだき、その芸術の価値とその未来とを擁護するために、朝鮮人に代わってソウルに美術館を設置する望みをいだくようになりました。
朝鮮の陶器
▲朝鮮の陶器  その実現の第一歩として1921(大正10)年に東京の神田で朝鮮民族美術展覧会を開催しました。これは日本で初めての朝鮮時代の工芸品の展覧会でした。宗悦は、翌年、ソウルで世界最初の「李朝陶磁器展覧会」を開催した後、1924(大正13)年、浅川兄弟とともに朝鮮初の私立美術館である「朝鮮民族美術館」を設立しました。美術館の名前について、宗悦たちは朝鮮総督府から「民族」の名を消すよう再三再四命じられましたが、最後まで妥協しませんでした。何故なら、宗悦たちが朝鮮民族美術館を設立する目的は、単に朝鮮時代の民衆的工芸品を蒐集し展示することではなく、宗悦がその設立趣意書の中で述べているように、「私は之が消えようとする民族芸術の、消えない持続と新たな復活との動因になることを希う」ことだったからです。宗悦は、同美術館に、自身が買い求めた収集品を収めました。
 宗悦は、朝鮮民族美術館設立後も、東京やソウルで何度も展覧会を開催し、また『白樺』その他の雑誌等に朝鮮固有の民族美術について寄稿するなど、朝鮮時代の民衆的工芸品の紹介に取り組みます。

◎協力・写真提供 日本民藝館

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