アクティブバイスタンダー
〜誰もが働きやすい組織をめざすための新たなアプローチ〜

プロフィール
アクティブバイスタンダー協会 共同代表
安藤 真由美(あんどう まゆみ)
エグゼクティブコーチ/コンサルタントとして企業の経営相談や戦略的助言を提供。金融・経営分野の専門知識とファンドマネージャーや社外取締役としての実務経験をいかし、多角的な視点から組織変容と社会課題解決に取り組んでいる。元ファンドマネージャー/アナリスト。早稲田大学大学院ファイナンス修士(MBA)、お茶の水女子大学大学院社会科学修士。


プロフィール
アクティブバイスタンダー協会 共同代表
濵田 真里 (はまだ まり)
Stand by Women代表。地方議会や自治体を対象に、ハラスメントの実態とその背後にある組織文化の研究を行っている。日本初の議員向けハラスメント相談窓口を設立し、個別相談・ヒアリング対応を多数実施。これまでに全国の議会関係者4,000人以上に対しハラスメント防止研修を実施。お茶の水女子大学大学院社会科学修士。同大学院博士後期課程在籍。

はじめに
職場でハラスメントや差別的な言動を目撃したとき、あなたはどうしますか?「何か言わなければ」と思いながらも、結局何もできなかった――そんな後悔を抱えた経験のある方も少なくないかもしれません。あるいは、見て見ぬふりをしたつもりはなくても、「どうすればよいかわからなかった」という方もいるでしょう。多くのハラスメント防止研修では、主に「加害者にならないための知識」や「法的なリスクを回避するための行動」が取り上げられます。もちろんそれらも重要ですが、「当事者ではない自分にできることがあるのか」という問いには、十分に答えられていないのが実情です。一方で、私たちが職場にいる時間「周囲にいる人」として過ごしています。だからこそ、被害者や加害者ではない「第三者」の行動が、職場の空気を左右する大きな要素になるのです。こうした発想のもとで注目されているのが、「アクティブバイスタンダー(行動する傍観者/第三者)」という新たなアプローチです。誰もが、ただ傍観するのではなく、状況に応じた適切な行動を選び取ることで、ハラスメントの抑止力を生み出すことができます。それは同時に、安心して声を上げられる文化を育て、組織全体の空気を変えていく第一歩にもなります。
アクティブバイスタンダーとは
「アクティブ」は行動する、「バイスタンダー」は傍観者と訳されます。アクティブバイスタンダー(行動する傍観者/第三者)とは、ハラスメントや性暴力、差別などが発生しそうな場面で、周囲にいる第三者がその場で対応や介入を行い、被害を防止し、事態の悪化を防ぐ方法です。日本では、「バイスタンダー」という言葉は、心肺蘇生やAED対応といった救命の文脈で使われることが一般的です。しかし近年では、ハラスメント防止の文脈でも「アクティブバイスタンダー」という考え方への注目が高まっています。私たちは2021年より、日本で初めて、企業や団体におけるハラスメントや差別の予防・抑止を目的とした実践的プログラム「アクティブバイスタンダー研修」の提供を開始しました。この研修の大きな特長は、単なる知識の伝達にとどまらず、参加者自身が〝自分にできる一歩〟を考え、実践するための行動訓練に重点を置いている点にあります。ロールプレイや対話を取り入れた構成により、「その場での対応力」や「自分ごととしての当事者意識」を高めることを目的としています。これまでに延べ3000名程度が受講し、製造業、金融、メディア、通信など、幅広い業界で研修をさせていただきました。アクティブバイスタンダーが増えていくことで、職場の空気や文化そのものが変わっていく――私たちは、その第一歩を現場から支えていきたいと考えています。
職場における現状と課題感
2020年6月から大企業、2022年4月からは中小企業にも適用された改正労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)により、企業にはパワーハラスメント防止のための措置が法的に義務づけられました。さらに、セクシュアルハラスメントや、妊娠・出産・育児休業等に関するマタニティハラスメント等についても、同様に防止措置が求められています。このような制度的な整備を受け、多くの企業ではハラスメント防止に関する方針の策定、相談窓口の設置、そして研修の実施などが進められてきました。特に研修については、「ハラスメントの定義」「ハラスメント行為の事例紹介」「相談窓口の紹介」などの知識を共有する内容が中心となっており、従業員の基本的な理解の促進という点で一定の役割を果たしています。一方で、研修後の実効性や、現場での具体的な行動につながっていないという課題も指摘されています。制度が整っていても、「いざという時にどう動けばよいのかわからない」「現場では声を上げづらい」という空気が残っている職場も少なくありません。法制度や研修と現場の実態との間にあるギャップをどう埋めていくかが、今後の大きな課題となっています。
実際に、私たちが企業の担当者の方々から伺う声のなかには、共通する悩みや課題が数多くあります。たとえば、「研修は毎年実施しているのに、実際の相談件数は極端に少ない」「研修を受けても、参加者がどこか他人事のように受け止めている」といったものです。つまり、制度や研修の「形」は整っていても、現場での行動変容や組織文化の変化にはなかなかつながっていないという状況があります。職場に安心して声を上げられる空気が根づくには、知識の共有だけでは不十分です。一人ひとりが「自分にできることがある」という当事者意識を持ち、実際の行動につなげていく必要があります。そうした視点から今、注目されているのが「アクティブバイスタンダー」というアプローチです。
第三者の行動が、職場の文化を変える
私たちが提供している「アクティブバイスタンダー研修」では、従来型のハラスメント研修が加害者や被害者に焦点を当てる傾向が強かったのに対し、その場に居合わせた第三者、すなわちバイスタンダーの行動に着目することで、「誰もが職場の安心・安全を守る一員になれる」という意識づけを目的としています。バイスタンダーが適切なタイミングで声を上げたり、被害者に寄り添う行動をとったりすることで、当事者が孤立せずに支援につながりやすくなり、組織には「ハラスメントを許容しない」という空気が生まれます。こうした第三者の行動が日常的に積み重なることで、次第にハラスメントの起きにくい職場環境が形成され、誰もが安心して声を上げられる土壌づくりへとつながっていきます。さらに、バイスタンダーの行動が「見て見ぬふりをしない」という職場の共通認識を育て、相互に支え合う関係性や心理的安全性の醸成にもつながることが、実践現場から見えてきています。日々のふるまいから生まれる文化変容こそが、持続的なハラスメント予防の鍵を握っているのです。では実際に、バイスタンダーが行動を起こすためには、どのような方法があるのでしょうか。次にご紹介するのは、私たちが研修の中で伝えている具体的な介入の手法です。
5つの介入方法 ――「たよレます®」(商標登録済)
「介入してください」と言われても、誰もがすぐに行動できるわけではありません。とはいえ、行動を踏み出すための具体的な方法を知っておくことで、いざというときの一歩につながります。研修では、そうした方法を丁寧にお伝えし、実際の行動につながる後押しをしています。アクティブバイスタンダー協会では、バイスタンダーの介入方法として「たよレます®」という5つの行動を紹介しています。これは、それぞれの方法の頭文字を取った語呂合わせにすることで、覚えやすく、実践しやすくなるよう工夫したものです。以下にその概要をご紹介します(なお、実際の研修では各手法の使い分けや、状況に応じた安全な実践方法について専門的な解説を行っています。無断での複製・利用・二次使用はご遠慮ください)。「た」たすけを求める
一緒に動いてくれそうな人に声をかけたり、その場の責任者を見つけて協力を仰ぐ方法です。自分一人での対応が難しいと感じたときや、より適切な判断ができる人がいる場合に有効です。「よ」より添う
被害者に「あなたの味方である」という姿勢を態度や言葉で示します。声をかけたり、一緒に相談窓口に付き添ったりすることで、被害者の孤立を防ぎ、安心感を与える大切な支援になります。「レ」レコーディング
起きた出来事をメモに残したり、写真や動画を記録するなどして、日時や場所などを特定できる証拠を残す方法です。こうした記録は、後の対応を検討する際に被害者の選択肢を広げます。「ま」まちがいを指摘する
加害者に対して、ハラスメントであることをその場で直接伝える方法です。ただし、相手との関係性や自分自身の安全を十分に考慮したうえで行う必要があります。「す」すり替える
場の空気や話題を変えることで、加害者の注意を被害者からそらす方法です。自然な形で介入できるため、状況を悪化させずに行動を起こす手段として効果的です。
職場での実践から見えてきた、変化の兆し
では実際に、アクティブバイスタンダー研修を取り入れた企業では、どのような変化が生まれているのでしょうか。以下では、直近で研修を開催した3社の合計120名に対するアンケート調査結果をもとに、個人の意識変容や職場の空気の変化についてご紹介します。参加者の声からは、受講後の職場で起きた小さな実践や、職場内の関係性の変化など、“行動の兆し”が浮かび上がってきます。まず、参加者の満足度は非常に高く、全体の93.9%が「満足」「とても満足」と回答しました。内容の理解度についても、「非常に理解しやすかった」「理解しやすかった」と答えた人が97.0%にのぼりました。特に好評だったのが、「たよレます®」に代表される具体的な介入方法の紹介です。「実際の場面を想像しながら行動の選択肢を考えられた」「抽象論ではなく、明日から使える知恵だった」といった声が多く聞かれ、自由記述回答のうち、6割以上が実践的であったことへの言及を含んでおり、企業活動に役立つ実践的な内容が強く印象に残ったことがわかります。
感想のなかでも注目すべきは、「自分にもできることがある」と気づいたという声の広がりです。「今まで“第三者には何もできない”と思っていたが、研修を受けて考えが変わった」「ハラスメントに限らず、困っている人を見かけたときに“自分がどう関われるか”を考えるようになった」など、回答者の72.1%が「自分の行動に変化があった」と回答しており、バイスタンダーとしての視点が自分ごととして浸透し始めている様子が伺えました。また、「これから自分が率先して行動していきたい」「職場で支え合い、声を上げられる空気をつくっていきたい」「“これはまずい”と感じたときに、どうすればいいかを考える習慣ができた」といった声も多く、研修が一人ひとりの内面的な変化にとどまらず、職場への波及効果をもたらしていることがうかがえます。
従業員の行動変容を後押しする
こうした変化は、受講者の内面だけで完結するものではありません。研修後のアンケートには、「職場でこの話題を同僚と共有した」「管理職にもぜひ受けてもらいたいと強く思った」といったコメントが寄せられ、組織内での対話や意識の連鎖が生まれていることが確認されました。中には「今までは“見て見ぬふり”をしてしまっていたような場面でも、“今なら違う行動がとれそう”と思えるようになった」といった変化への実感を記述した参加者は全体の半数近くにのぼり、実際の行動変容へのつながりが確認されました。とりわけ、どの企業でも好評だったのは、認定トレーナーによる参加型のワークで実際の職場の場面を題材にしたロールプレイや対話を行ったことです。ある企業では、「『自分ならどうするか』を職場ごとに話し合う時間を設けたことで、声を出すことにためらいを感じていたけれど、行動しようと思った」「みんな同じように悩んでいたことに安心した」「誰かと一緒に考えるだけで気持ちが軽くなった」といった反応が見られました。ハラスメントや不適切な言動は、組織全体の空気や構造とも密接に関わっています。だからこそ、制度の整備だけでなく、「行動」や「声かけ」といった日常のふるまいが、職場の土壌を耕していくためには重要です。
“声を上げやすい職場”をめざして
「たよレます®」という5つの介入方法を知っておくだけでも、いざというときにどう動くかの選択肢を持つことができます。介入といっても、決して特別なスキルが求められるわけではありません。誰にでもできる、ささやかな一歩がたくさんあります。たとえば、その場にいるだけでなく、「大丈夫?」と声をかける、「一緒に離れようか」とそっと促す、上司や信頼できる人に相談するなど、こうした行動が、困っている人にとってどれだけ大きな支えになるかは、私たちが思う以上です。大切なのは、完璧な対応をめざすことではなく、自分にできる範囲で動いてみること。最初の一歩を踏み出すハードルを下げることで、「見て見ぬふりをしない」選択が、少しずつ職場の中に根づいていきます。そうした日々の小さな行動が積み重なることで、周囲の空気も少しずつ変わっていきます。誰かの勇気ある行動を見た人が、「次は自分もやってみよう」と思うかもしれません。やがてそれは、職場全体の安心感や信頼関係につながり、組織全体の風土にも影響を与えていきます。
アクティブバイスタンダーの仲間を、これからの職場に少しずつ増やしていく。その先には、ハラスメントや差別を許さない、誰もが助けを求めやすい、より開かれた組織の姿があると信じています。私たちは今後も、企業や団体の皆さまとともに、そのような文化変容を支える土台づくりに取り組んでまいります。職場の空気や人間関係は、一朝一夕に変わるものではありません。しかし、たとえ小さな一歩でも、その積み重ねが確かな変化を生み出します。「誰かが声を上げたときに、隣に立ってくれる人がいる」。そんな信頼が育まれる場こそが、人と組織を強くするのではないでしょうか。アクティブバイスタンダーという実践が、その第一歩になることを願っています。
アクティブバイスタンダーについて重要な事柄
本記事は、読者自身がアクティブバイスタンダーとして行動するための知識の共有を目的としています。通常の研修プログラムは参加者自身の行動力を高めるものであり、講師養成を目的としたものではありません。他者に対して指導や研修を行う場合は、必ずアクティブバイスタンダー協会の認定トレーナー研修をご依頼ください。
実際の研修現場では、「職場で起きた場面でどのように声をかけるべきだったか」「この対応でよかったのか」といった問いが多く寄せられます。こうした問いに適切に応えるには、ハラスメントの構造的背景や、組織内の力関係に関する理解、そして専門的な知識と実践的視点が欠かせません。当協会では、『アクティブバイスタンダー研修』として、専門性と経験に基づいた独自のプログラムを提供しています。近年、当協会の名称や手法を模倣した研修が確認されていますが、当協会とは一切関係ございません。研修を依頼・実施される際は、十分ご注意ください。
2026.1 掲載

