ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

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有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

塚越 学:ハラスメントの火種を増やさない! 改正育児・介護休業法の対応ポイント

プロフィール

NPO法人ファザーリング・ジャパン理事
塚越 学(つかごし まなぶ)

公認会計士
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事
大手監査法人に勤務し監査部門マネージャーを経て、東レ経営研究所チーフコンサルタント。
内閣府男女共同参画推進連携会議議員、日経DUAL共働き子育てしやすい企業ランキング審査員など。
「パパとママの育児戦略」(repicbook)共著、「男性育休の教科書」「育児&介護を乗り切るダイバーシティ・マネジメント イクボスの教科書」(日経BPマーケティング)監修などメディア掲載・出演多数。

2022年4月から、いわゆる「男性育休促進法」と呼ばれる改正育児・介護休業法が段階的に施行されています。従来の法定育休制度、特に男性が活用できる育休制度については、ユニセフの調査で世界最高水準と評価されているにもかかわらず、実際の取得率は12%程度(2020年)で低迷しています。さまざまな調査から、男性が育休を取得できない理由の多くは、「職場に迷惑をかける」「職場が取得できる空気ではない」など職場要因であることが分かっています。これまで、「男性社員の連続休業は困るから制度を使ってほしくない」という企業も多かったかもしれません。実際、厚生労働省の調査では、6割を超す企業が男性社員に育休取得を働きかけていません。

そこで、今回の改正により、企業は、配偶者の妊娠・出産を申し出しやすい職場環境に改善し、申し出をした男性社員に対して企業から制度周知と意向確認をしなければなりません。さらに、新設された産後8週間内の「産後パパ育休(出生時育児休業)」の申請は2週間前となり、従来の1か月前から短縮し柔軟で活用しやすくなります。企業からすると、配偶者に子どもが生まれた男性社員を、出生手続き時に初めて把握するのでは遅すぎるでしょう。2週間後から、1か月の育休を申請されたら企業に拒否権はありませんが、今の日本の職場で1か月間いなくなる人員対応準備を2週間でできるでしょうか。

よって、職場は、「育休取得は歓迎しているから、配偶者が妊娠したら早く教えてね」などプライベート情報を言いやすい職場づくりに変換したほうが、対応する準備期間をより長く確保でき、職場の混乱を避け、安定した職場運営を行うことができることになります。育休改正に伴う会社のポジティブな方針を社長などから社内報、イントラネットや全社員へのメール配信などで繰り返し発信することで、該当する男性社員が職場に言いやすくなるだけでなく、それを受けいれる管理職や職場メンバーも心構えができるようになります。

育休申請

しかし、直属上司が育休にネガティブだと、男性社員は配偶者の妊娠や出産予定日を職場に伝えづらく、結果的に職場対応が後手になってしまいます。また、厚生労働省の調査(令和2年度職場のハラスメントに関する実態調査)では、過去5年間に勤務先の育児にかかわる制度を利用しようとした男性労働者の4人に1人が、育児休業等に関するハラスメントを受けたことがあると回答しています。上司自身はそのつもりがなくても、ハラスメントと受け取られるリスクもあります。また、ハラスメントをするようなボスを一人でも野放しにすると、パタニティハラスメント(父性への嫌がらせ、パタハラ)を受けた社員がSNSで公表できる時代でもあり、企業として大きなリスクになる可能性があります。実際、ある企業では、パタハラ疑惑として社名がSNSで明るみに出ると、同社の株価がその年の安値を更新するほど下落しました。

赤ちゃんを抱くパパ

まずは、ハラスメントを誘発しそうな思い込みを減らし、正しく理解する必要があります。(図参照)

図

そして、今回の改正法について管理職に正しい情報を提供し、アップデートしましょう。育休制度の知見不足の管理職がいれば、それだけコンプライアンスやレピュテーションリスクの火種が増えることになるからです。改正法でも、申し出をしやすい雇用環境整備の1つに管理職への研修を求めています。筆者は、2021年秋以降、その研修をたくさん請け負ってきました。

こうした男性の育休取得推進は、日本企業の大きな課題であるジェンダー平等の実現に寄与します。多くの企業は、SDGs17ゴールのどれに貢献しているのかを明示し、事業展開しています。一方、「ジェンダー平等」の位置づけを単なる17ゴールの1つとして理解している人も多くいます。SDGsの前文や本文に明記されているように、ジェンダー平等は、全体の目的であり、17ゴール全てを実現するための手段です。各社が掲げるSDGs達成には、社内におけるジェンダー平等も同時に実現していく必要があります。

重要なのは、「女性活躍推進」と「イクメン(男性の育児家事参画)」と「イクボス(多様性を活かして成果を上げる管理職)」は3点セットで推進することです。

今回の改正で、男性は4回、女性も2回、育休を分割取得できるため、今後は夫婦交代で育休を取得する例も増えていきます。子育てが偏ることにより社内外で力を発揮しきれなかった女性たちは、子育てを夫婦でシェアしやすくなることで活躍が推進されます。子育てを体験した男性の増加は、仕事と子育ての両立がしやすい職場風土の改善、働き方の見直し、チームワークや人材育成力の向上を促します。管理職は職場メンバーの休業が頻繁にあっても成果を最大限にできるよう、職場メンバー一人ひとりの個性や強みを活かす術を身につけるでしょう。男性の育休取得がジェンダー平等実現の起爆剤となり、誰一人取り残さない社会と職場の実現につながることを私は期待します。

赤ちゃんを抱きあげるパパ


2022.10 掲載

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