ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

高橋尚子・大日方邦子:パラスポーツが盛んな国は、しなやかで強い。
~すべての人の個性が尊重され、挑戦が応援される社会をめざして~

プロフィール

一般社団法人 パラスポーツ推進ネットワーク 理事長
高橋 尚子(たかはし なおこ)

中学から本格的に陸上競技を始め、県立岐阜商業高校、大阪学院大学を経て実業団へ。
1998年名古屋国際女子マラソンで初優勝、以来マラソン6連勝。
シドニー2000オリンピックで金メダルを獲得し、同年国民栄誉賞受賞。
2001年ベルリンでは女性として初めて2時間20分を切る世界記録(当時)を樹立する。
2008年10月現役引退を発表。

プロフィール

一般社団法人 パラスポーツ推進ネットワーク 副理事長
大日方 邦子(おびなた くにこ)

3歳の時に交通事故により負傷。右足切断、左足にも障害が残る。
アルペンスキー競技でリレハンメル1994パラリンピックでは初出場ながら5位入賞。
長野1998パラリンピックでは冬季パラリンピック日本人初の金メダルを獲得。
トリノ2006パラリンピックで自身2つめの金メダルを獲得。
バンクーバー2010パラリンピックに5大会連続出場を果たし、2つの銅メダルを獲得。
パラリンピックでの総メダル獲得数は通算10個。
平昌2018パラリンピックでは、日本選手団団長を務めた。

パラスポーツ推進ネットワーク(以下、パラネット)を立ち上げた目的と経緯について教えていただけますか。

高橋
2013年に、オリンピック・パラリンピックの2020年東京開催が決定し、社会的な関心が高まりました。この盛り上がりを一時的なものにせず、2020年が過ぎてもパラアスリートが活動できる土台づくりを進めるために、2018年11月に設立した組織がパラネットです。
パラリンピック開催決定後にメディアや企業などから、パラアスリートや競技に関しての情報を求められることが多くなりました。しかし、競技団体の発信力は不足し、それに対応できる体制が整っていないのが現状のように感じます。人材やスキル、ノウハウ、資金などの部分で、まだまだ不十分ですので、そのあたりを多角的にサポートしていくのが私たちの役目です。東京パラリンピックで注目される今こそ、パラスポーツを日本に根づかせるための活動をすすめていきたいと思っています。

大日方
パラスポーツを、もっと一般的なものにしていくことが、この国をより幸せに暮らせる国に変えていくのではないかと思っています。パラスポーツが盛んな国、例えば、オランダ、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどは、障がいのあるなしで分けて考えることなく、みんながスポーツをやっています。
誰でも歳をとれば、視力が低下したり、足腰が弱くなるなど、何かしら社会生活上の妨げになるようなことが起こってきます。ですから健常者と障がい者の境界は本来、あいまいなものです。でも、日本では、障がい者は別の世界にいる人、と考えてしまう傾向があるように思います。東京でパラリンピックが開かれるこのタイミングで、誰もがスポーツをやりたいと思ったらできる社会、みんなで一緒にスポーツを楽しめる社会になるためのお手伝いができたら良いと思っています。

高橋
共生社会をめざす上で、スポーツはわかりやすいと思います。健常者が自転車やスキーなどの競技では道具を使って競うように、パラアスリートは車いすなどを使います。道具を使うことにおいてはかわりませんが、車いすを体験してみると、その操作の難しさに気づきます。それを知ることで、障がいのある選手を尊敬し、理解し、認め合える。そうやって皆さんの意識が変わると、障がいのある人も安心して暮らせる共生社会に近づけていける、それを目標としています。

大日方
競技団体にとって、パラリンピックやパラスポーツへの関心が高まるのは、とてもありがたいことです。元選手としても競技団体役員としても、うれしい反面、パラスポーツに関する情報発信力は十分ではなく、皆さんからの期待に応えられていない、と焦る気持ちもあります。また、パラスポーツをどのように応援すればいいのか、わからないという人たちと、競技団体を繋げることも必要だと考えました。

しなやかな強さ”に込めた想い
パラネットのステートメントにある「パラスポーツが盛んな国は、しなやかで強い」にはどのような想いが込められているのでしょうか。

大日方
関係者の皆さんと共に、相当、議論しながら、想いを込めてつくりました。すべての人がその個性を尊重され、挑戦することができる。お互いを認め合い、応援しあえる。そういう社会は、しなやかな強さを持っていると思います。そんな社会にできるように、私たちがスポーツを通じてサポートしたいです。パラスポーツは、その力を持っていると思います。

高橋
その状況にあわせて自分たちの考えや想い、対応を変えられる、それが“しなやかな強さ”なのだと思います。

(一社)パラスポーツ推進ネットワーク
https://paranet.or.jp/

すべての人が楽しめる大会づくりをめざして
具体的にはどのような事業をされているのでしょうか。

高橋
「大会運営」と「広報」を柱に活動しています。運営については、多くの人が「また来たい」と思えるような演出を考えたり、選手の情報や競技ルールを伝えることなどで、ファンを増やしていくことをめざしています。
広報については二つあります。一つは競技団体のPR支援です。大会運営や記者会見の方法などについての資料をパラネットが作成し、それを活用してもらうことで、メディアに取り上げてもらう回数を増やしていきます。
もう一つは、メディアに向けた情報プラットフォームの整備です。競技団体や選手の情報が少なく、メディアに取り上げてもらう機会を失うことがあります。いつでも必要な情報を取得できるデータベースサイトを整備し、より多くのメディアに、今の盛り上がりを伝えてもらえる機会を提供していきます。

大日方
選手も競技団体も情報発信の方法やメディア対応を学んでいます。パラスポーツは、観戦者がいなくて関係者だけで競技をしている、そういうものだと思われていたところがありました。本当は、もっとたくさんの人に見てもらいたいという想いが、選手にも役員にもあります。「もう一度見に来たい」と思える仕掛けをパラネットから提供していきたいです。

高橋
見ているだけではわからなくても、場内放送で解説があると一体感をもって楽しめる競技がたくさんあります。ただ、そういう対応ができる団体もありますが、多くは手が回らない状況です。

競技団体向けのSNSセミナー

パラパワーリフティング選手へのメディアトレーニング

オリンピアンとパラリンピアンの発信力を生かした活動
パラネットの活動に対するお二人の想いをお聞かせください。

高橋
スポーツを語るのに、健常者も障がい者も関係ないと思っています。私自身がオリンピックで、人種、性別、年齢、国籍、障がいの有無などに関係なく、それぞれの国で必死に切磋琢磨してきた一番魂の近い相手と、同じ空間で同じものをめざして頑張りましたので、その一体感のすばらしさを知ってもらいたいと思っています。
海外では、車いすに乗っている人を多く見かけますが、以前に比べれば増えているとはいえ、日本は、まだまだ少ないです。障がい者の方も自由に外に出られる、安心して暮らせる社会をめざしたいというのが私の想いです。

大日方
今まで、オリンピアンとパラリンピアンは別々に活動していましたが、同い年の私たちがオリンピアンとパラリンピアンとして、お互いを尊重することの大切さ、すばらしさを、スポーツを通じて発信できることはとても大きな意味があることだと思います。日本で2020年にオリンピック・パラリンピックが開催されるこのタイミングで、あと一年で、どれだけしっかり根づかせることができるかが課題です。

高橋
オリンピアンとパラリンピアンの枠組みを超え、今こうやって活動できていることは意味のあることだと思います。発信力はそれぞれありますので、より多くの人たちを巻き込んで、変化にむけて活動ができると考えています。パラネットが2020年で終わらず、この後も続くということの意味は、この盛り上がりを継続させ、ブームではなく文化として根づかせなければならないという重い責任があります。

車いすバスケットボール会場の模様

車いすバスケットボールの入場を演出

企業が果たす役割
2020年への期待が膨らみます。国内では1998年の冬、長野でパラリンピックが開催され、大日方さんは日本人初の冬季金メダルに輝かれました。

大日方
それまでの大会から長野で変わったことは、たくさんありましたが、大会前にもう少し準備を早めにしていれば、なお良かったと思います。事前にするべきことはなんだろう、どうやったら根づくのかなど、もっと考えてやっていたらと思いました。もったいないと感じるところがたくさんありました。あの時に感じた思いを再び抱くことがないように、2020大会のレガシーとして何を残すか、逆算して準備する大切さを訴えています。

高橋
選手が一方的に根づかせたいと思っても、一方通行の思いでは形になることがありません。今は、企業のみなさんが、パラスポーツや障がい者の雇用に関心を持っていることで間口が広くなってきています。お互いが求めあっているところが大きいと思います。長野の時はここまでにはならなかったですから。

大日方
あの時は、一部の人が一生懸命やってくださっていましたが、関心の高まりはピンポイントに留まり、今のような広がりはありませんでした。今は、企業の皆さんがパラスポーツに関心を持っていて、障がい者の雇用も一生懸命やってくれていることが追い風になっています。

高橋
企業がどういうことを求めているのか、アスリートは何を求めているのか。相互の想いを知る機会を増やすことが、共生社会の実現への一歩ではないでしょうか。

パラスポーツの可能性
高橋さんがパラスポーツと出会ったのはいつ頃でしょうか。また、パラアスリートについての印象やパラスポーツの魅力もあわせてお聞かせください。

高橋
2013年に、障がいがある人と健常者の子どもたちが一緒にランニング教室をしたのがキッカケです。
私がベルリンマラソンで出した当時の世界記録は2時間19分ですが、車いすのトップ選手の記録は1時間20分ぐらいで、約1時間違います。車いすに乗れば早く走れるものだと思っていましたが、実際にやってみたら、歩いている人に「大丈夫?」と言われるほど前に進まず、これをあの速さで操作することは並大抵の努力ではないことを知りました。
子どもたちも車いすに一度乗ってみると、その難しさと楽しさの虜になっていました。「車いすを買って」と父親にせがむ子もいました。子どもたちのパラリンピアンへのまなざしが一瞬にして尊敬、憧れに変わるのを間近で見て、そのパワーの大きさを感じました。
そして、地道ではありますが、多くの人たちにこのような機会を持っていただけるような活動をしていきたいと思うようになりました。

高橋さん

パラスポーツの魅力
パラアスリートの大日方さんから見てパラスポーツ、パラアスリートの魅力はどんなところでしょうか。

大日方
パラアスリートたちは、突き抜けているというか、どこか吹っ切れた強さを持った人が多いです。 私はチェアスキーと出会うまでは、スキーはできないと医者に言われていました。スキーは立って滑るものだから無理だと。でもチェアスキーという用具と出会ったことで、私も銀世界に出て、風を切っていく感覚を得られるようになりました。
何度も何度も練習をして、できなかったことができるようになる、その達成感や喜びを、誰よりもパラアスリートは知っています。それぞれ違ったバックグラウンドを持っているから、いっそう輝いているのだと思います。この選手は、ここを工夫しているとか、こんなところを努力してきたのだろうということに注目してもらうと、きっと面白いと思います。

大日方さん

トップアスリートとしての使命
お互いの魅力を教えてください。

高橋
パラリンピック五大会という長い間、世界のトップでいた大変さや、精神的な部分も含めて尊敬しています。偉大な選手だと思います。それだけではなく、競技を終えた後、パラリンピックやパラスポーツの環境を変えていこうと尽力する姿や熱意、パワーの部分で、学ぶところが多いです。追っていく感じですね。同年齢であることもあり、同じ想いで一歩一歩開拓していけるのはすごくうれしいことです。

大日方
東京大会が決まる前から、いろいろなイベントで一緒になるのですが、一番印象に残っているのは、パラスポーツイベントで無我夢中で車いすをこいでいて、ガチで面白がっていたことです。柔らかい頭の人、しなやかな方だなと思いました。予断を持たずに受け入れるしなやかさ、ボーダレスな感じがすてきです。

パラカヌー記者会見の模様

ボッチャエスコートキッズの大会風景

2020年に向けての課題
いよいよ大会が近づいてきましたが、今のお気持ちをお聞かせください。

高橋
選手が一日一日を必死に過ごしている現状の中で、私たちができるサポートをしていきたいです。明らかに言えることは、来年のパラリンピックは、今までのどの大会よりも盛り上がることは間違いないので、新しい景色が東京で広がることが楽しみです。

大日方
応援団として、アスリートにとっても、見に来てくれる人たちにも最高の大会にしたい。「やってよかったね」と多くの人に思ってもらえる大会にしたいです。皆さんのワクワク感が高まるように、これからも貢献していきたいです。
会場を予選から満員にしたいと思っています。「応援に駆り出されていやいや見に行く」ではなく、「選手のパフォーマンスを見たい、楽しみたいから行くんだ」という想いで会場に入ってもらうと、その想いが選手に伝わり、選手が頑張れる、最後のひと押しになると思います。

高橋
これだけ盛り上がると、2020年が終わった後はどうなるんだろうという不安があります。選手たちは、そこで選手生命にピリオドを打つわけではないのです。パラリンピックに集中できる安心した環境を整えていければ大会で力を発揮できると思います。選手たちは、不安をかかえているのが現状だと思います。

大日方
「こんなに応援してもらえるのは、今だけなんですよね」と不安げに選手に言われることがあります。「今だけにはしないように頑張ります」と言っていますが、それは私だけでできることではないです。アスリートたちが、企業の社員として、仲間として、どれだけ受け入れられているかがとても大事なことです。どう関わったら継続して応援していけるか、今のうちに考え始めていただけるとありがたいです。企業の皆さんにも新しい取り組みを提案していただきたいと思いますし、私たちも、関心をもってもらえるように考えていきたい、発信していきたいと思っています。

共生社会の実現のためにできること
読者の中には、「共生社会の実現」のために何ができるのかを考えている方も多いと思います。パラスポーツを通じて、個人として、企業としてできることについてアドバイスをいただけますでしょうか。

高橋
個人としては、関心を持ってもらうことが一番だと思います。パラスポーツ種目の体験をしたり、試合に行くのも良いですね。一人ひとりの声援が選手の背中を押すことに繋がるので、そういう想いで競技を見てもらいたいです。
企業としては、雇用をしていただくことが、世の中の大きな変化に繋がるのだと思います。障がい者が会社にいることで、職場のみんなが多様な考えを持つことができるなど、よい影響が大きくなります。社員の意識の変化が会社の変化になるのだと思います。
また、私たちは非営利団体なので、皆さんから資金援助をいただくことで活動ができます。こういった企業の活動協力がパラリンピックの土台を強化することに繋がっていることを知っていただき賛同していただけるとありがたいと思っています。

大日方
あれこれ頭の中で考えたり勉強することも大切ですが、まず感じてください、見に来てほしいです。家族も連れて、パラスポーツを見に来てほしい。また、企業の中で、パラスポーツについて発信する機会や共有する機会をつくっていただくと、応援する空気が広がると思います。組織だからできることが、たくさんあります。
町を歩いていると、車いすユーザー、杖をついた人、白杖を使っている人がいても、みなさん、気づいていない、無関心な人が多いのに驚かされます。自分とは違う速度で歩く人が、すぐ隣にいることを意識して生活するだけで、社会が変わるのではないかなと思います。
他にもエスカレーターの使い方も気になります。東京だと左側に立って、右側は歩いて上る人のために空けることが多いようですが、実は私はちょっと困っているんです。私は歩くこともあるのですが、左手に杖をついているので、エスカレーターでは右側に立たざるを得ないのです。そんな時、「なんだよ」というような空気が流れることがあって、申し訳ない気持ちになります。気づかずに歩いてきた人に、後ろからグンと押されることもあります。
一方で、私がなぜ右側に立っているのか、気づいた人が、ちょっとだけ真ん中に立ってガードしてくれることもあります。そのほんのちょっとが、とてもありがたいのです。一人ひとりが、そんな心遣いを持てれば、どれだけ社会を変えるだろうかと思います。

高橋
スロープができたりエレベーターが大きくなったりと、ハード面は整ってきていますが、すべての場所がそうではありません。車いすで階段を目の前にして困っている人に、「手伝いましょうか」と声をかけてくれるのは、ほとんどが外国人だという話を聞きました。日本人としては、とても残念なことです。車いすユーザーの体験談などを聞いてもらうことによって、どういう声のかけ方が良いのかを知ると、声がかけやすくなると思います。「何かお手伝いしましょうか」は、とても良い声のかけ方だと聞きました。そういうことを知って行動する人が増えれば、大きな変化が生まれていくのではないでしょうか。 知ることによって自分の意識が変わっていくので、当事者の声を聴く場を増やすことが大切です。来年のパラリンピック開催までに、こういった知識を増やしてもらいたいです。これから、心のバリアフリーがどれだけ進展するのか楽しみです。

大日方
ちょっとだけ勇気をもってください。「手伝いましょうか」「席を譲りましょう」と一声をかけるのは難しくても、目を合わせるとか…。まず、街を歩いている時に、周りにいる人の動きに、関心を持って欲しい。そんな小さな行動変容を推奨する運動を、企業にやっていただけたら世の中が変わります。2020年はチャンスです。たくさんのパラリンピアンが街に出るでしょうし、観客もたくさん来るので、その時にいろいろ体験していただきたいと思います。

メダルを手に大日方さん、高橋さん

2020.1掲載

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