ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

小泉伸太郎:日本がLGBT先進国をめざすべき理由
~ツーリズムの観点から~

プロフィール

株式会社アウト・ジャパン代表取締役
小泉 伸太郎(こいずみ しんたろう)

1968年東京都生まれ。立教大学卒業。
ホテル、スキーリゾート開発会社等での20年のインバウンド経験を活かし、LGBTフレンドリーなランドオペレータ「Out Asia Travel」を設立。LGBT旅行者の日本旅行手配にて多くの知見を持つ。また、IGLTA(国際ゲイ&レズビアン旅行協会)のアジアアンバサダーもつとめており、日本人として初めて「Ambassador of the year 2016」を受賞。

LGBTツーリズムとは

国際旅行の10分の1はゲイ&レズビアンの旅行者が占めている、LGBT旅行市場規模は2020億米ドルにのぼる、といった話を聞いたことがある方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。今でこそ欧米のゲイやレズビアンのカップルは子育てをすることが普通になってきていますが、子どもをもうけることが難しく、相対的に可処分所得が高いゲイやレズビアンは、旅行市場における超優良顧客層として認知されてきました。
IGLTA(国際ゲイ&レズビアン旅行協会)という国際組織がありますが、単にLGBTの旅行を活性化させようというだけでなく、LGBTにとって危険な地域もあるなかで、安全に旅行できる国や都市はどこなのか、LGBTフレンドリーなホテルはどこにあるのか、といった情報を当事者に提供することで、できるだけ差別や暴力に遭わず、快適に旅行できるような手助けをするという役割も担っています。LGBTツーリズムにはそういう側面もあるのです。
LGBTツーリズムとは、LGBT旅行者をマーケティング対象にした観光施策のことです。もう少し具体的に言うと、そこがLGBTにとってフレンドリーで魅力的な旅行先であるという認知を広げ、大勢のLGBTが訪れるようにする、ということです。大前提として、自治体や観光協会の主導のもと、ホテルなどで研修を行い、LGBT旅行者が気持ちよく楽しめるような環境を整えていくことが必要になります。そうした基本的な施策を経ずにPRだけやっても、不適切な言動が出てしまい、逆に不評をかってしまうことになりかねません。これは、広い意味で、LGBTのダイバーシティ&インクルージョン、LGBTが暮らしやすい社会になることの推進といえます。間接的に、同性婚などの法整備にもつながります。

LGBTにとって安全・安心は切実なテーマ

もう少し、LGBTの海外渡航に関するリアリティについてお伝えしましょう。
世界には、同性愛を違法とする国が73カ国もあり、そのなかで、実際に同性愛者や異性装者が逮捕・投獄される可能性がある国は数十カ国にのぼります。これらは主に中東やアフリカなど、イスラム教の影響が強い国々です。また、ゲイやレズビアンであることを公にすると逮捕される反同性愛法が制定されたロシアなどでも、かなり厳しい差別や暴行に遭う可能性などが指摘されています。
実はオランダのような最も早くから同性婚を承認していた先進的な国であっても、ゲイカップルに対する憎悪犯罪(ヘイトクライム)がいまだにありますが、トップクラスの政治家など、ストレート男性たちが手をつないで歩く写真を投稿し、同性愛嫌悪(ホモフォビア)をなくそうと呼びかけ、世界的なニュースとなりました。
みなさんも、もしかしたら海外で、アジア人であるがゆえにいやな思いをしたことがあるかもしれません。たとえば、レストランであからさまに悪い席に通される、などです。しかし、LGBTの場合、身の危険を感じる、命にも関わるようなレベルの差別にさらされているのです。
男同士、女同士のカップルであっても、堂々と肩を組んだり手をつないだりしたい、暴行を受けたりいやな思いをしたりせず、できるだけ安全に旅行を楽しみたい、という思いは切実です。
ベルリン国際旅行博が実施したLGBTへのアンケート調査によると、旅行先やホテルがLGBTフレンドリーかどうかは重要な判断材料であり、選択に影響を及ぼすと答えた方は、半数近くにのぼっています。

海外のLGBTの旅行事情

サンフランシスコでゲイゲームズ(LGBTの五輪のような大会)が始まったのが1982年、IGLTAが設立されたのが1983年です。この時期に、欧米のLGBTが海を渡って交流を深め、お互いのコミュニティをエンパワーしあうような流れができあがってきたのだと思います。
1990年代には、オーストラリアの「シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディグラ」のパレードとパーティの華やかさが全世界のゲイたちを魅了し、毎年50万人ともいわれる人たちを呼び込み、インバウンドに成功しました。マルディグラは、テニスの全豪オープンやF1に次ぐ経済効果を上げるイベントとして歓迎され、州政府がバックアップするようになり、国をあげたお祭りになっていきました。地元のゲイ&レズビアンコミュニティが活気づいたのは言うまでもありません。

シドニーのプライドパレード

シドニーのプライドパレード

1970年以降、世界各地でプライドパレードが開催されてきましたが、おそらくマルディグラの成功にならい、ニューヨークやサンフランシスコ、トロント、ロンドン、ベルリンなどのパレードも、海外からもLGBTが訪れるような、ショーアップされた参加して楽しいイベントとして、大規模に開催されるようになってきたと思います。ブラジルのサンパウロのプライドパレードなどは、300万人とも400万人ともいわれる人々が参加するカーニバルとなっています。

アムステルダムのプライドパレード

アムステルダムのプライドパレード

2000年代以降、LGBTインバウンドで最も成功している国といえば、スペインです。世界第2位を誇る観光収入60兆円超のうち10%をLGBT旅行客が占めています。成功の秘密は、マドリッドやバルセロナ、ゲイリゾートとして有名なシッチェスなどに、大規模なゲイシーンがあり、世界中のゲイを魅了していること、そして、2005年に同性婚が認められたことです。UNWTO(国連世界観光機関)は、「経済的利益を超えて、結婚の平等を承認することは、寛容さ、尊敬、先進性、オープンマインドさのパワフルなブランドイメージたりうる。結果的にLGBTの旅行者を増やすだろう。アルゼンチンやスペインがいい例だ」と述べています。スペイン観光局は「2005年に結婚の平等(同性婚)を達成したというプロモーションでかなり成功した。同性婚は間違いなくスペインのイメージをポジティブに変えた。今日のスペインはオープンマインドで、偏見の無い国である。寛容で、どんな旅行者も歓迎する。そこが、世界中から訪れるLGBTがベストな旅行先と確信する理由だ」「我々は誇りを持って世界中のLGBTを歓迎する」と述べています。
未来学者ハーマン・カーン氏は「21世紀は観光の時代だ。観光産業が世界最大の産業になる」と述べていますが、世界一のスピードで高齢化が進行し、経済的にも縮小していくことが明らかな日本は、スペインの観光施策を見習い、寛容で差別のないLGBT先進国をめざすべきではないでしょうか。次の章からは、日本のLGBTツーリズムの現状について、お伝えします。

日本のLGBTツーリズムの現状

欧米諸国のLGBTが盛んに行き来しあい、プライドパレードなどのLGBTイベントも100万人規模で盛り上がり、観光産業も大いに潤ってきたなかで、先進国であるはずの日本は「蚊帳の外」でした。日本にも世界有数のゲイタウン(数百軒のゲイバーが集まる「新宿二丁目」など)があり、パレードなどのイベントが開催されているにもかかわらず、そうした情報は海外にはほとんど知られてこなかったのです。LGBTインバウンドの施策が不十分だからです。
観光で日本を訪れる数千万人の外国人の中には、もちろんLGBTの方々も含まれていますが、「日本はLGBTフレンドリーな国だから」という理由で日本に来られた方はそれほど多くはないでしょう。逆に言うと、まだまだ「のびしろ」がある、可能性を秘めているのです。
日本のLGBTがシドニーなど海外の先進的な地域に旅行する「アウトバウンド」は1990年代から行われていましたが、海外から日本に来ていただくLGBTインバウンドについては、つい最近まで、全くの手つかず状態でした。そもそも行政も企業も、LGBTに関する施策を何もしてこなかったのですから、当然のことと思われます。2015年に渋谷区で同性パートナーシップを認める条例が制定され、ようやく動きはじめました。
言ってみれば、何もない、荒野のような状態だったところに、2010年頃から私が種を蒔き、水をやり、ようやく芽が出てきたところです。ホテルグランヴィア京都の当時の接遇部長であった池内志帆さんも2014年、京都の春光院と共同で仏式の同性婚プランを作り、内外で注目を集めました。その頃からIGLTAに加盟するホテルなども増えてきて、海外でも「日本にもLGBTフレンドリーなホテルがある」と認知されるようになり、少しずつ来ていただけるようになってきているのです。
今年は初めて京都市観光協会と沖縄観光コンベンションビューローという自治体の観光協会がIGLTAに加盟するという画期を迎えました。実は、これは重要な意義を持っています。IGLTA総会のような国際会議を誘致する条件が整ったからです。アジア地域では、ワールドプライド(世界中からLGBTが集まる大型のプライドパレード)やLGBTの国際会議はほとんど行われていませんが、ようやく日本が名乗りを上げる時が来たのです。

春光院での同性結婚式(ホテルグランヴィア京都提供)

春光院での同性結婚式
(ホテルグランヴィア京都提供)

「目指せ!ダイバーシティ 東北【LGBTツーリズム】」の研修の様子

「目指せ!ダイバーシティ 東北【LGBTツーリズム】」の研修の様子

また、2018年4月に復興庁が「新しい東北」事業として「目指せ!ダイバーシティ東北【LGBTツーリズム】」を選定し、弊社が事業推進を担当することになりました。東北がLGBTフレンドリーになり、海外のLGBTに認知され、足を運んでいただけるようになることで、復興のひとつの道筋とする、そういうプロジェクトです。本当に意義のある取組みですので、ぜひ成功させたいと意気込んでいます。また、これを機に、観光庁もLGBTインバウンドに本腰を入れていただけるよう、期待しています。
まだまだ日本のLGBTツーリズムは端緒についたばかりですが、来年のラグビーW杯や2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックとも関連し、「日本はLGBTにとって非常に旅行がしやすい、差別も暴力もない、安全な国ですよ」と胸を張って世界に言っていけるよう、今後も取組みを進めてまいりたいと思います。

【LGBTツーリズム】という言い方について
本原稿では【LGBTツーリズム】という言葉を用いています。性の多様性に配慮すると「LGBT」だけでは足りないことは承知しておりますが、その問題を突き詰めるとLGBTTIQQ2SA…というように無限に長くなっていきます。また、LGBTQ+と言う人もいれば、LGBTsと言う人もいるわけですが、当事者のなかでもいろいろな考え方の人がいて、コミュニティのコンセンサスや統一見解が得られていない現状があります。せっかく世間に「LGBT」という言葉が性的マイノリティの総称であると認知されてきた今、少なくともツーリズムの文脈では、わざわざLGBTIAQツーリズムといった耳馴染みのない言葉を用いる動機が見当たらなかった、LGBTツーリズムが妥当だと感じた次第です。ちなみに、冒頭でもお伝えしたように、LGBT旅行市場のほとんどはゲイとレズビアンで占められており、欧米ではゲイ・ツーリズムとも言います。ほかにも、ピンク・ツーリズム、クィア・ツーリズムなどの言い方もあります。

2019.3掲載

一覧へ戻る