ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

岩波明:発達障害と就労

プロフィール

岩波 明(いわなみ あきら)

神奈川県生まれ。昭和大学医学部精神医学講座教授
1985年東京大学医学部卒、東大病院精神科、東京都立松沢病院、埼玉医大精神科などをへて、2008(平成20)年昭和大学医学部精神医学講座准教授、2012(平成24)年より現職、2015(平成27)年より昭和大学附属烏山病院長を併任。精神疾患の認知機能、発達障害の臨床研究などを主な研究分野とする。著書に、『大人のADHD』(ちくま新書)、『発達障害』(文春新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか』(光文社新書)、『狂気という隣人』(新潮文庫)など、訳書に『内因性精神病の分類』(監訳 医学書院)などがある。

発達障害とは?

発達障害という言葉は、最近になって、医療や福祉の分野だけでなく一般向けの雑誌やマスメディアにおいても幅広く使用されるようになってきた。医学的には、「発達障害とは何らかの脳の機能障害に基づく生まれつきの障害(特性)の総称であり、その症状は生涯に渡って持続するもの」と定義されている。
発達障害については、多くの誤解が存在しているので注意が必要である。まず認識しなければならない点は、「発達障害」という名称の病気は存在しない点である。テレビ番組などにおいては、まるで発達障害という名称の疾患が存在するかのように報道されることをみかけるが、このような内容は誤解を与えてしまうものである。発達障害というのは、総称である。
実際、筆者はあるテレビ番組の打ち合わせにおいて、発達障害という「病名」を使用するのは正確ではないので、個別の疾患名を使うことを提案したことがあったが、専門的になり過ぎるという理由で、認められなかった。
通常、発達障害は大きく3つに分類される。第一に、対人関係・コミュニケーションの障害と同一性のこだわりや興味・関心の偏りを主な症状とするものが、自閉症スペクトラム障害( 自閉スペクトラム症、ASD※)である。ASDには、従来の自閉症とアスペルガー症候群(アスペルガー障害)を含んでいる。
次に、不注意、多動・衝動性を主な症状とするものが、注意欠如多動性障害( 注意欠如多動症、ADHD※※)である。さらに、読む・書く・計算するなどの特定の分野の習得と使用に著しい困難を示すものが、限局性学習障害(限局性学習症、LD※※※)である。 この3つの疾患が、発達障害において主要なものであり、医療や教育において重要であるのは、ASDとADHDである。
かつて発達障害は、主に児童期の疾患であると考えられていた。ところが、欧米においては、1990年代以降になり、発達障害は、思春期以降成人においても重大な問題となっていることが認識されるようになった。
わが国においてはこれに遅れて、成人期の発達障害の問題がクローズアップされたのは、今世紀になってからのことである。このためいまだに専門家であるはずの精神科医においても、発達障害への対応が十分でないケースが存在していることは残念なことである。
発達障害を考える上で重要であるのが、知的障害との関連である。かつて児童精神科や小児科で扱っていた発達障害の多くは知的障害を伴っていた。特に自閉症においては、重症の知的障害を伴うケースが多かった。
ところが現在発達障害の専門外来を受診する成人の大部分は、知的レベルは正常かそれ以上の人たちであり、従来とは患者層がまったく異なっていることは重要な相違点である。
発達障害は長い間児童精神科の分野と考えられており、知的能力に遅れがない発達障害は見過ごされてきた。知的障害がなく、自らの特性や対処法を学ぶことなく大きな問題なく学校生活が送れた者でも、主体性やコミュニケーション能力が求められる就職などの環境変化に伴い、周囲に適応する事が出来なくなることはまれではない。そのような不適応の中で「発達障害」に行き着いたというケースも少なくない。

発達障害

※ ASD:Autism Spectrum Disorder の略
※※ ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder の略
※※※ LD:Learning Disabilities の略

ASDとADHD

前述したように、成人期における発達障害として重要なものは、ASDとADHDの2つの疾患である。我が国においては、成人期の発達障害としては、アスペルガー症候群をはじめとするASDがクローズアップされてきたが、ASDには過剰診断が多く、実際の患者数では、ADHDがはるかに多い。実際、ADHDの一般人口における有病率は少なくとも3〜5%であるのに対して、ASDの有病率は1%弱に過ぎない。
発達障害をもつ成人が初診に至る経緯は、 ①幼少期に医療機関などで診断を受け継続的なフォローが中断したケース、 ②成人期になって自分から発達障害の存在を疑って来院するケース、 ③成人期になって家族や上司に促されて受診するケースが主なものである。
近年、発達障害に関する情報がテレビ等のメディアで増加したことや、簡易に発達障害特徴をチェックできるインターネットサイトなどにより「成人期の発達障害」が広く知られるようになった。それに伴い、幼少期には支援に繋がらなかった知的能力に遅れがなく、成人期になって初めて問題が表面化した事例が増加している。
治療的な側面では、ASDに対しては薬物による根本的治療はない。ADHDに対しては有効な治療薬があり劇的な改善を示すケースがあるが、一方で不十分な治療効果や副作用のために効果が不十分な者が薬物療法において20~50%存在している。
成人期の発達障害においては、それまでの生活で身に付いた自己肯定感の低さを改善させることは容易ではない。自身の特性を理解し,自己肯定感を改善させ、精神的・社会的課題を解決するために心理社会的支援のもつ役割は非常に大きい 。そのため、薬物療法と心理社会的治療とのバランスの取れた治療が推奨されている。

岩波 明 監修「ウルトラ図解ADHD」(法研・出版)

岩波 明 著「発達障害」(文藝春秋・出版)

ASDの症例

23歳のKさんは、人付き合いが苦手で、「友達の輪に入れない」「何をやってもうまくいかない」と専門外来を受診した。発育に関しては、言葉の遅れがみられ、特定の言葉を繰り返す癖もあった。幼児期より、好きなおもちゃやぬいぐるみに対するこだわりが強かった。
幼稚園に入っても神経質な所は変わらず、些細なきっかけで怖がったり泣き喚いたりすることがよくみられた。初めての場所が苦手なことが多く、暗がりを怖がりまた音に対する過敏さを示した。
小学校に入学後、友達がなかなかできなかった。いじめに合うこともあった。「回れ右」など教師の指示を理解できずに号泣するなど、周囲とのコミュニケーションがうまくとれないことがひんぱんにみられた。パニックになりやすい傾向は続き、同級生の何気ない一言で泣き出してしまうこともあった。
中学生になっても、言葉を字義通りに解釈する傾向は続いた。テストで「適当なものに○をつけなさい」という問に対して、いい加減に○をつけて提出をしたこともあった。
大学に入学してからも、なかなか友人ができなかった。専門科目が増えるにつれてついていくことが難しくなり、大学をやめて牧畜をして働きたいと主張した。急に本人は大学を中退して牧場に就職をしたが、仲間入りもできず仕事にも適応できず、3カ月あまりで自宅にもどった。
仕事をやめてからは、自宅にひきこもり、パソコンをしているか自室で静かに過ごしていた。社会復帰への意欲はあり、デイケアに通院を開始し、その後自ら就労移行支援センターを見つけて通い始めた。現在は、障害者雇用を用いてIT関連の企業に就職し、安定した状態で仕事に通っている。現在の職場はASDという疾患を明らかにした就労であるため、周囲の理解はよく対人関係も良好である。

ADHDの症例

30代後半のSさんは、内科のクリニックから紹介されてきた。クリニックの紹介状には、「患者さんが訴えるには、仕事で説明するときに起承転結の脈絡が自分の中では構成されているのに、その通りに話せなくて、意味不明になってしまう」と記載されていた。
小学校時代から、教師の話をきちんと聞くことができなかった。先生の話をメモに取りながら、聞けなかった。また話を聞いていても、それをまとめることが苦手だった。今でも、仕事でお客さんから電話があっても、それをメモに残すことができない。 教師の話以外にも、他人の話のポイントをつかむことや、逆に自分の考えを相手に話すことが苦手だった。そのため、対人関係では、いつも緊張が強く、それが悪循環となり、さらに話している内容がわからなくなることがみられ、対人関係への苦手意識が次第に強くなった。
専門学校を卒業してから、仕事を転々としていた。現在は、電機会社の営業職についている。仕事はなんとかこなせているが、上司からの評価は低い。何よりもプレゼンが苦手で、混乱して言葉が出なくなる。きちんと用意をしていても、何をしていいのかわからくなってしまう。
Sさんは、対人場面における不安、緊張が強く、一見すると対人恐怖症や社会不安障害と診断されそうである。だが、その背景には不注意と多動の症状が認められ、診断的には、ADHDと考えられた。SさんはADHDの治療薬を開始したが、これが効果を示し、不安緊張感が軽くなったことに加えて、対人場面で落ち着いて応対できるようになり、ケアレスミスをすることも少なくなった。
けれども会社に対しては自らの障害の内容を明らかにはしていないため、不得意な業務を求められることも多く、日々苦労が絶えない。今後は上司に対して自らの特性を明らかにしていくことも必要であると思われる。

言い換えてみる

出典:岩波 明 監修「ウルトラ図解ADHD」(法研・出版)

職場の同僚として

職場の同僚としては、発達障害の特性をよく理解するとともに、発達障害はうつ病などの他の精神疾患とは異なる点が多いことをよく理解しておくことが重要である。
なぜなら、発達障害は疾患であると同時に、特性でもあるからである。発達障害の「症状」と呼ばれているものはいつも一定に存在していて、他の病気の急性期にあたるものはない。この特性は周囲の対応や状況によって問題になることもあるし、まったく問題とされないこともある。上司の対応一つで、適応状態は大きく変化することもある。
ASDもADHDも有病率の高い疾患であるとともに、その症状は個人の特性というべき側面も大きいことはよく認識すべきであろう。さらに発達障害の障害はマイナスに作用する場合もあるが、一方でその特性により成功している例も珍しくない。
ADHDの特性として興味のある出来事には過剰に入れ込み集中するという傾向があるが、このような特性によって芸術的な分野や科学的な分野で成功している人も数多い。たとえば医学者として世界的に活躍した野口英世は、明らかにADHDの特性を持った人であった。
野口英世の研究に対する打ち込み方は、尋常ではないものがあった。彼には個人生活というものがなかった。朝も昼も夜も研究を継続し倒れるまで仕事に明け暮れた。自宅で英世は寝巻というものを使わなかったのだという。疲れたら靴をはいたままベッドに横になり、眼がさめるとそのまま顔も洗わず机に向かったので、周囲の人は彼を人間発電機と呼んでいた。
過剰なまでの集中力と生活力のなさは、英世のADHD的な特性を示唆するものであり、世界に誇れる数々の医学の業績はこのような特性と関連が大きかったのである。
今日発達障害が注目されているのには、社会的な背景も大きい。現在の管理的な社会は定型的な枠組みにはまらない人を排除する傾向が強い。そのような中で発達障害の特性を持つ人は不適応を起こしやすくなっている。今後の日本が、寛容で同調圧力の少ない社会的な「空気」を形成していくことを期待したい。

人ごみ

2019.2掲載

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