ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

黒田かをり:SDGsと人権尊重

プロフィール

黒田 かをり(くろだ かをり)

民間企業に勤務後、コロンビア大学経営大学院日本経済経営研究所、米国の民間財団であるアジア財団日本の勤務を経て、2004年にCSOネットワークに入職。2010年よりアジア財団のジャパン・ディレクターを兼任。日本のNGO代表としてISO26000(社会的責任)の策定に参加。ISO20400(持続可能な調達)国内WG委員、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「持続可能な調達コード」WG委員、SDGs推進円卓会議構成員、一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク代表理事、日本サッカー協会社会連携委員会委員などを務める。

持続可能な開発目標(SDGs)とは

2030アジェンダとSDGs

2015年9月25日、ニューヨークの国連本部で開催された国連総会で「私たちの世界を変革する-持続可能な開発のための2030アジェンダ」(以下、2030アジェンダ ※1)が採択された。この文書の前文にこの壮大な文書のエッセンスがつまっている。「誰一人取り残さない」という理念、この世界を持続的で、強靭かつ回復力のある(レジリエントな)ものに移行させるために大胆かつ変革的な手段をとるということ。そしてそれを実行するには、すべての国やすべてのステークホルダーの協働的なパートナーシップが重要であるということが記載されている。
また、2030アジェンダの5つの重要な要素として、人間(People)、地球(Planet)、繁栄(Prosperity)、平和(Peace)、パートナーシップ(Partnership)の5Pを掲げている。そしてすべての人々の人権を実現し、ジェンダー平等とすべての女性と女児のエンパワーメントを達成することを目指すという重要な一文も書かれている。
2030アジェンダの中核を占めるのが、17目標と169ターゲットから構成される「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」である。この国際目標は、その頭文字をとってSDGs(エスディージーズ)と呼ばれる。SDGsの進捗を測定するために232のグローバル指標が設定されている。
国際社会が誓った「誰一人取り残さない」という崇高な理念は、非差別と平等を尊重する人権の基本的な原則を反映している。このように2030アジェンダに通底するのは人権尊重である。しかしながら、そのことが実は十分に理解がされていないのではないかと懸念する。本稿では、SDGsを企業の人権尊重との関連で紹介する。

※1:国際連合「私たちの世界を変革する−持続可能な開発のための2030アジェンダ」外務省仮訳

出展:国連広報センター

持続可能性への危機感の高まり

私たちの住む世界は、持続可能な開発に対する大きな課題に直面している。2030アジェンダのパラグラフ14の「今日の世界」に次のような課題が列挙されている。
貧困、国内的・国際的な不平等の増加、甚だしい機会と富と権力の不均衡、ジェンダー不平等、失業、地球規模の健康の脅威、頻繁かつ拡大する自然災害、悪化する紛争、テロと関連する人道危機と強制的な移動、天然資源の減少、砂漠化、干ばつ、生物多様性の喪失、すべての国の持続可能性を達成するための能力に悪影響を及ぼす気候変動など。
人に関わる最近のデータを見ると、世界の難民、避難民の数は過去最高の6560万人(国連難民高等弁務官事務所、2017年)を記録、また飢餓人口は2015年の7億7700万人から2016年に8億1500万人に増加する(食糧農業機関 他、2017年)など、深刻さが増している課題もある。飢餓人口が増えたのは武力紛争と気候変動が主な原因だと分析されており、課題群は相互に関連しながら複雑な状況を生み出していることが窺える。またこのような課題はとりわけ社会における脆弱性の高い人々やグループに過酷な状況をもたらしている。
企業に関しては、グローバル経済の急速な進展に伴い、物品やサービスの市場が世界全体に伸長し、資材調達や生産・販売活動においてもグローバル化が拡大してきたが、その負の側面として、主にそのサプライチェーンにおいて、環境問題、資源やエネルギー問題、生産地や加工工場での労働人権問題、人身取引などが大変深刻になっている。
日本においても子どもの貧困、格差拡大、超高齢社会の到来と人口減少、ジェンダー不平等、外国人労働者を含む労働問題など、ここ10年ぐらいに顕在化・深刻化してきた問題も少なくない。
このような状態が続けば、私たちの未来は持続不可能になってしまう。国連機関、各国政府、企業、市民社会、研究機関などが数年にわたり議論に議論を重ねて、2030年までにSDGsを達成することを約束した背景には、持続可能性の危機感の高まりがあった。

SDGsの誕生

SDGsは、国連を中心に議論されてきた大きな2つの流れが統合して作られたものである。ひとつは1992年にブラジル・リオデジャネイロ市で開催された「国連環境開発会議(地球サミット)」以来、環境面を中心に持続可能性の課題を扱ってきた流れである。その20年後の2012年に同市で開催されることになった「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」に期待する成果として、コロンビア政府が2011年の国連総会でSDGsを提案、2012年のリオ+20の会議でSDGsづくりのプロセスが決まった。
もうひとつの流れは、21世紀の国際社会の目標として2015年を達成期限に貧困削減などを目指した「ミレニアム開発目標」(以下、MDGs)の後継としての「ポスト2015年開発アジェンダ」の流れである。MDGsは、1992年の地球サミット以降、人権、人口問題、女性、社会開発など一連の地球規模課題に関するテーマを扱った国連会議の集大成として、1990年代後半に作成された国際開発目標と、2000年に新たな千年期を迎えるにあたり、国連加盟国が全会一致で採択した「ミレニアム宣言」をベースに2001年に策定された。このように環境面を中心とした流れと社会・開発の流れと統合してできたのがSDGsである。
また、SDGsを達成するために必要な資金をいかに捻出するかの議論も行われた。リオ+20を受けて立ち上がった「持続可能な開発のためのファイナンシング戦略に 関する政府間委員会(ICESDF)」では資金の問題について議論が行われた。また、2015年7月、エチオピアのアディスアベバで開催された第3回開発資金国際会議で採択された「アディスアベバ行動目標」では、国際公的資金や国内資金動員に加えて民間企業の重要性が盛り込まれた。(図1参照)。

持続可能な開発のための2030アジェンダ

SDGsの特徴

SDGsの特徴としては、「誰一人取り残さない」に表わされる「包摂性」、持続可能性の3側面である「環境、社会、経済」に統合して対応する「統合性」、またMDGsとは異なりSDGsは先進国を含むすべての国が取り組むものであるという「普遍性」があげられる。「多様性」を尊重し、グローバルレベルの目標を踏まえつつ、各国政府が国の状況、開発レベルや政策及びその優先順位を考慮して、国家目標や指標を国レベルで設定し、国家戦略等に反映していくことを想定している。また国境やセクターを超えたパートナーシップの重要性が強調された。日本政府も2030アジェンダを実現するために2016年12月に「SDGs実施指針」を発表した。※2
その他にも、参加型の策定プロセスと企業の役割の重視があげられる。SDGsは、多様な主体が参加してオープンなプロセスを経て策定された。MDGsは国連主導で作成されたが、SDGsの策定においては、すべてのステークホルダーに開かれた合意形成プロセスとしてオープン・ワーキング・グループ(OWG)が設置され、30カ国以上が議論に参加した。また、女性、農民、企業や産業、科学技術、少数民族、NGO、労働者と労働組合、地方自治体、子どもと若者からなる9つのメジャーグループも策定過程に参加した。持続可能性はすべての人に関わる問題であるから、重要な策定過程を可能な限りオープンにし、透明性を確保することにこだわったと言えるだろう。一方で、政府間交渉で作られたため、全体の一貫性や整合性よりも各国の主張を妥協的に取り込むことが優先された側面もある。
2030アジェンダは、民間企業のパラグラフを設けて、その役割への期待と責任について書いてある。持続可能な発展における民間企業の重要性は、ポスト2015年開発アジェンダを議論する頃から常に強調されていた。また、民間セクターも策定プロセスに積極的に参加した。

※2:詳細は、官邸SDGsページを参照。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/dai2/siryou1.pdf

SDGsと人権

本稿の冒頭で述べたように、SDGsの達成にあたり、すべての人の人権の実現を目指すことは横断的なイシューである。では、2030アジェンダの中で人権はどのように記載されているのだろうか。実際、文書を見てみると、「我々は世界人権宣言及びその他の人権に関する国際文書並びに国際法の重要性を確認する」と書いてあり、冒頭で紹介した「前文」に続き、「宣言」「我々のビジョン」「共有する原則と約束」「人権」「移民」「平和と安全」「民間企業活動」「フォローアップとレビュー」などに人権尊重の重要性が書かれている。(表1参照)

2030アジェンダの中の人権に関する記載 表1

しかしながら、2030アジェンダの中核を占めるSDGs(17目標と169ターゲット)には、「人権」ということばは1箇所にしか現れない。それは、目標4「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を保障し、生涯学習の機会を促進」の7つめのターゲットである。SDGsのその全てに通底しているにもかかわらず、言葉として1箇所にしか出てこないため、人権がなおざりにされてしまうのでないかとの懸念が高まっている。実際、民間企業とSDGsの文脈においても、人権の議論はあまり出てきていないように思う。民間企業と人権については後に述べる。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、SDGs策定プロセスにおいても、持続可能な開発目標の達成には人権は必須であると強調してきた。そして、SDGsと人権の関連性を明確にするために、目標ごとに世界人権宣言やその他人権に関する国際文書に紐づけた表を作成しホームページで公開した。※3
例として、目標1と目標8を見てみよう。

目標1
「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」

・「十分な生活水準を得る権利(世界人権宣言25条)」
・「社会保障を受ける権利(世界人権宣言22条)」
・「経済活動において男女の平等を基礎とした同一の権利(女子差別撤廃条約11条、13条、14条2項(g)、15条2項、16条1項)」

目標8
「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセントワーク)を促進する」

・「公正かつ有利な勤労条件を確保する権利(世界人権宣言23条、ILO中核的労働条約、労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言ほか)」
・「奴隷制度および奴隷売買の禁止(世界人権宣言4条、女性差別撤廃条約6条、子どもの権利条約34-36条ほか)」
・「雇用関連の男女の平等を基礎とした同一の権利(女性差別撤廃条約11条、ILO条約100条、111条)」
・「児童労働の禁止(子どもの権利条約32条、ILO条約182条)」
・「移住労働者の平等な権利(移住労働者会議25条)」

デンマーク人権研究所では「SDGsに対する人権ガイド」を作成し、その中で169のターゲットと世界人権宣言やその他の国際的な人権文書をリンクさせている。※4<同ガイドによれば169のうち156のターゲットが実質的に人権と労働基準に関連しているので、同研究所は、SDGs実施は人権擁護と連関させて取り組むべきであると述べている。
「国連ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)の策定に中心的に関わったハーバード大学のジョン・ラギー教授が理事長を務めるShiftという団体は、指導原則の実践とSDGsの実施を推進している。2016年には「ビジネス、人権、SDGs-一貫したビジョンと戦略を作り出す」という文書を発表した。その中で、企業のバリューチェーンにおける人権尊重の重要性を強調するとともに、SDGsと人権を結びつける事例として、労働者の権利として重要な「生活賃金(Living Wage)」を中央におき、SDGsの各目標に紐づけた図を掲載した。(図2参照)

人権とSDGsの紐付け 図2

※3:http://www.ohchr.org/Documents/Issues/MDGs/Post2015/SDG_HR_Table.pdf(2017.1.25)

※4:Denmark Institute for Human Rights “The Human Rights Guide to the Sustainable Development Goals” http://sdg.humanrights.dk/

SDGsと「ビジネスと人権」

先述したように、2030アジェンダには、民間企業について述べているパラグラフがあり、持続可能な開発への民間企業の貢献として大きく二つのことが書かれている。一つは活動、投資、イノベーションが生産性や包摂的な経済成長と雇用創出を生み出すということ、もう一つは「国際労働機関の労働基準」などの国際的な取り組みに従い労働者の権利等を遵守することが記載されている。しかしながら、SDGsと企業の議論では、投資、イノベーションによる共通価値の創造(Creating Shared Value:CSV)が強調されることが多い。マイケル・ポーター教授がCSVという概念を世に出した時に、「企業の社会的責任(CSR)はもう古い」、「CSRからCSVへ」という「言説」が飛び交ったのとやや重なるところがある。
指導原則策定において、ラギー教授はこの辺りを分かりやすく整理、概説してくれた。同教授は、2016年11月にスイス・ジュネーブで開催された第5回国連ビジネスと人権フォーラムで基調講演を行い、SDGsと指導原則の関係性についての5つの「懸念」を示した。※5
第一に、SDGsを採択した国連の総会決議では、人権に関する基準や合意が簡単に触れられていることから、企業が、人権尊重のための基準よりもSDGsに取り組むことが重要だと思い込んでしまうかもしれないこと
第二に、ポーター教授のCSV概念が、「明白に共通価値の創造は法と倫理基準の遵守、およびビジネスによって引き起こされているマイナス影響を軽減することを前提としている」のに、正しく理解されていないということ
第三に、SDGsの目標のうち、都合のよいものだけを「いいとこどり」する傾向
第四に、SDGsにより「責任から機会へ」とビジネスモデルが「成熟」し、変革をもたらすという言説
そして第五に、人権尊重は単に負の影響を取り除く消極的なもので、人権促進に貢献しようとする前向きな取り組みには結びついていかない、という誤った二元論に基づく考え
ラギー教授は、人権促進の取り組みはきわめて肯定的で変革をもたらすものだ、と強調した。たとえば、包摂性や多様性の尊重、適正な賃金、健康と安全の保護、研修や必要な支援の提供などにより、これまで可能性を生かすことができなかった人々の潜在性を引き出すエンパワーメントにつながることで、持続可能な社会への貢献とともに企業の発展にも良い影響をもたらす。ラギー教授は、指導原則が最も変革をもたらす貢献は、「企業の人権尊重責任が自社の事業だけに限定するのではなく、バリューチェーン上で働く人や関係先の人権影響にまで及ぶ」ことを語った。そしてあらゆる人の尊厳の尊重が、ビジネスモデルの変革に向けて、持続可能な開発の人に関わる部分の核心にあるということを強調して講演を締めくくった。
筆者も聴衆の一人であったが、SDGsとビジネスと人権に関わる本質を明示した力強い内容で、フォーラムでもひときわ注目を集める講演であった。

国連ビジネスと人権フォーラム

「国連ビジネスと人権に関する指導原則」表紙

※5:「第5回国連ビジネスと人権フォーラム 基調講演」ジョン・ラギー教授(2016年11月14日)一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター仮訳を参照。
全訳は、https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section3/keynote_ruggie_161114j.pdf

日本におけるSDGsとビジネスと人権をめぐる動き

日本ではSDGs達成を目指して、政府、企業、自治体、産業界、学会、学校、協同組合、NPO/NGOなどの幅広いセクターが活発な動きを見せている。日本政府は、2016年5月にSDGs推進本部を立ち上げ、SDGsの実施指針を作成した。その中にも「ビジネスと人権」が記載されていることは特筆すべきである。
日本経済団体連合会は、2017年11月に「経団連企業行動憲章」の第5回の改定を行った。改定の柱は、ソサエティ5.0(IoTやAIなどを駆使した超スマート社会のこと)の実現を通じたSDGsの達成である。改定ポイントとしては「持続可能な経済成長と社会的課題の解決」「人権の尊重」「働き方改革」「サプライチェーンへの行動変革を促す」などを新たに追加し、持続可能な社会の実現に向けた企業の役割を明記したことである。この改定は、中小企業を含む産業界に大きなインパクトを与えるとともに、政府や自治体など他のステークホルダーにも影響を与えている。
2020年に東京でオリンピック・パラリンピック競技大会が開催されるが、すでに国際オリンピック協会は、2024年以降の競技大会においては指導原則を条件にすることを発表しているため、東京でも指導原則に基づいた大会運営が期待される。
日本政府は、ビジネスと人権に関する国別行動計画の策定に着手している。更に2019年、日本はG20サミット(金融・世界経済に関する首脳会合)の主催国になるが、そこでもSDGsとビジネスと人権はテーマとして議論される可能性が高い。また、この年は、SDGs実施指針の取組状況の確認や見直しの年に位置づけられている。ビジネスと人権に関する国別行動計画も2019年あたりが策定の目処となっている。これからの2、3年は、このような動きを連動させながら、あるいは関係者も連携しながら進めていくのが望ましい。持続可能な未来に向けて、日本にとって人権尊重を社会に根づかす機会になることを期待している。

国連ジュネーブ事務所

◆最後に

世界の労働者の6人にひとりは多国籍企業のバリューチェーンの一部になっている、2030アジェンダの宣言には「私たちは、最も遠くに取り残されている人々に第一に手を伸ばすよう最大限の努力を行う」という193カ国の首脳の誓いが書かれている。社会的に脆弱な立場に立たされている人やグループは、企業のバリューチェーンにも多数存在している。持続可能な開発は人権尊重なしには実現しない。また持続可能な開発なしには人権尊重は実現しない。人権尊重はコストではなく、持続可能な未来への投資であり、自社の企業価値向上に結びつくものである。

2018.7掲載

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