ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

小酒部さやか:マタハラ防止をきっかけにダイバーシティから
ダイバーシティ&インクルージョンへ

プロフィール

小酒部 さやか(おさかべ さやか)

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞し、ミシェル・オバマ大統領夫人と対談。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。
仕事と生活の両立がnatural rights(自然な権利)となるよう講演や企業研修、執筆活動などを行っている。
https://www.naturalrights.co.jp

男女雇用機会均等法および育児・介護休業法の改正により、2017年1月から、各企業は職場での妊娠・出産・育児休業等を理由とした嫌がらせ(いわゆるマタハラ)を防止するために必要な措置を講じることが義務づけられました。
企業においては、マタハラ相談窓口の整備や就業規則の改定などの対応が求められていますが、マタハラ防止に取り組むべきポイントとはどんなことでしょうか。

マタハラは「働きかたへのハラスメント」

「マタハラ」とは、マタニティハラスメントの略で、働く女性が妊娠・出産・育児をきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受けたり、妊娠・出産・育児などを理由とした解雇や雇い止め、自主退職の強要で不利益を被ったりするなど不当な扱いを意味する言葉です。つまりマタハラは、ハラスメント(嫌がらせ)と不法行為(不利益)と2つの要素を含んでいます。
セクハラ、パワハラ、マタハラで「3大ハラスメント」と呼ばれていますが、加害者という視点から見ると、一般的にセクハラは異性であることが多く、パワハラは上司であることが多いと思われます。ところが、マタハラは異性・同性を問わず、上司・同僚を問わず、四方八方が加害者になる可能性があります。
〈図表1〉のように「マタハラの加害者」は、直属の男性上司が53・2%と半数を超えていますが、同僚の場合では男性9・1%に対して女性は18・3%と、男性よりも女性のほうが2倍も多くなっています。また、本来ハラスメントを防止する立場の人事や経営層がともに23・7%と上位を占めています。
なぜ同じ妊娠・出産経験のある女性や防止する立場の人事や経営層までもが加害者になってしまうのか。それはマタハラが「働きかたへのハラスメント」だからです。産休・育休で長期の休みを取る、復職しても保育園のお迎えで時短勤務を取得するという働きかたは「異なる働きかた」として排除の対象になってきました。マタハラは、セクハラ・パワハラのようなモラルに関する問題だけでなく、「働きかたの問題」といえるのです。

管理職の正しい対応ポイント

では、どのような対応を心がければマタハラにならないのでしょうか。まずは正しい法律と制度の知識を社内に周知徹底しましょう。制度運用における細かい内容まで一管理職が把握することは難しいので、人事部やハラスメント相談窓口など詳しい部署に確認しましょう。そして相談窓口がどこなのか、管理職や職場に働く人すべてに明示しておきましょう。
妊娠判明と同時に直属上司には報告するよう日頃の会話のなかで促しましょう。ただし安定期まで周囲の社員への公表は控えるのが管理職としてのモラルです。初期はつわりや体調不良になりやすいので直属上司への報告が必要ですが、流産の可能性も高いので周囲への公表は控えるべきです。上司が男性で女性社員に対し妊娠の症状を尋ねづらければ、「母性健康管理指導事項連絡カード」というものが母子手帳の後ろに付いているので、是非女性社員に利用を促していただきたいです。医師に診断書を書いてもらうより、低価格で記載してもらえるのでこちらの方がお得でもあります。
妊娠の報告を受けたら第一声で「おめでとう」と笑顔で言ってあげてください。妊娠報告時に、上司や同僚の反応にストレスを感じた女性は4人に1人と言われています。また過半数を超える女性が仕事をしながらの妊娠に不安というデータもあります。「おめでとう」ということでまずは相手の不安を払拭してから、次なるコミュニケーションにつなげていってあげてください。盛大なお祝い会などは、周りのことも配慮して行わないこと。
男性社員からの報告には「おめでとう」と言ったあとに「育休は取るのか?」ではなく「育休はいつから取得するのか?」と聞いてあげてください。男性の育休取得率は2015年度で2・65%と極めて低く、しかも日数は有給の範囲内と言われています。このような現状で「育休は取るのか?」などと聞けば、取得したくても「いいえ、仕事を優先します」と答えざるを得なくなります。育休取得が前提であるとし「おめでとう」「いつから取得する?」と二言目に言ってあげてください。
キャリアのどこで妊娠するか、妊娠の症状は人それぞれなので、〝オーダーメイドの対応〟を心がけましょう。1つの部署で一斉に何十人も同時に妊娠するようなことは少なく、一人また一人と妊娠の報告に来るものなので、それぞれの状況に合わせた〝オーダーメイドの対応〟が可能なはずです。
妊娠の報告を受けたら休職者の業務を洗い出し、本人しかできない業務と誰でも出来る業務などを仕分けして引き継ぐ作業を上司が管理してください。そのためにも早めに妊娠報告をもらう必要があります。誰でも出来る業務はパートタイマーや派遣社員に分配し、本人しかできない業務を後輩社員に分配し後輩育成の期間としていきます。後輩育成の期間としていくことで、いつ誰が抜けても業務が滞らない職場となっていくはずです。すべての業務をパートタイマーや派遣社員の直接代替要員に任せる場合は、休職者が復帰した後、代替要員の雇用はどうなるかを決めて合意を取ってから雇用しましょう。優先権は休職中の社員にあることを忘れずに。原職復帰、原職相当職復帰がルールです。
休職に入るときは復帰が前提で、復帰の時期、復帰後の仕事を話し、待っていることを伝えましょう。産休・育休中も月に1度はコミュニケーションをとるよう心掛けてください。メールや郵送する資料にメモ書きを添えるだけでも構いません。休職で距離ができていることに対する本人の不安解消になります。また、職場の状況を共有することでイメージができブランクを埋めることにも繋がります。
このように、休職者が出るときが、上司の〝マネジメント力の腕の見せ所〟となります。産休・育休から復帰しその後キャリアアップしていく女性社員の多い部署は、上司のマネジメント力が優れているということなので、是非とも大きな評価を与えてあげて欲しいです。
反対に退職者の多い部署は、上司が何かしらのハラスメントをしていると疑った方がいいです。

マタハラ解決のポイントは、逆マタハラの解決

〈図表3〉の企業の経営者・管理職を対象にした調査では、「産休・育休を取得する社員がでると、その社員の業務は周囲の社員が負うことになる労働環境だ」という質問に対し、「とてもそう思う」20・3%、「まあそう思う」49.5%と、合わせて69.8%と約7割に達しています。産休・育休を取得する社員がいる一方で、周囲の社員の業務負担が増大するという実態が浮かび上がってきました。しかも、そうした傾向は、企業規模別に見ても300人以下と1001人以上の大企業で大差はありませんでした。

考えてみれば、このような状況が起こることは当然です。例えば、経験の浅い入社1~2年目の女性が産休・育休で休業しても、彼女の業務はパートタイマーや派遣社員で直接代替することが可能かもしれません。しかし、経験豊富な入社15年目の女性が休業すれば、彼女の業務はパートタイマーや派遣社員で代替するのはほぼ不可能で、周囲の社員がフォローするしかなくなります。
では、休業した社員のフォロー分が評価や処遇に反映されているでしょうか。調査結果では、多くの企業で人事評価や金銭的報酬への反映は「何もない」という回答でした。結果的に、フォローする側の社員は業務負荷が高まるばかりで、なんら報われていないことになります。これでは「逆マタハラだ!」という声が上がっても不思議ではありません。そして、ここにマタハラ解決のポイントがあるように思います。
産休・育休を利用する社員だけでなく、そうした社員をフォローする側に回る社員にも目を向け、お互いWin-Winの関係が築けなければ、フォローする側にとっては産休・育休を利用する女性は迷惑な存在でしかありません。結果的に仕事に追われて余裕のなくなる職場、妊娠は個人的なこととみなす風潮がマタハラを生むことになります。
では、どのようにすれば制度を利用する側とフォローする側がWin-Winの関係を築いていけるのでしょうか。具体的には、フォローする上司・同僚の評価の見直し、フォロー分の対価の見直し、結婚や妊娠を望まない社員にも長期休暇制度の導入なども検討の余地があるでしょう。また、産休・育休の取得で休業者分の人件費コストが浮くのであれば、その分をフォローする部署内で再分配するルールをつくり、フォローする側の業務負担に報いるという仕組みがあってもよいように思います。給与の再分配がなされれば、制度を利用する側も気兼ねなく休業に入ることができます。そして、そもそも長時間労働の職場では、誰かの業務のフォローなどとてもできません。長時間労働の是正が土台として必要です。

多くの企業がダイバーシティ(組織内に多様な人材がいる状態)を経営戦略に掲げ、ダイバーシティ推進の一環として女性社員に焦点が当てられるようになって久しいですが、これまでは女性が“女性”としてではなく、男性並みに働くことが求められてきました。しかし、これからはマタハラ問題の解決をきっかけに、働きかた自体を見直すことで、ダイバーシティ推進に際して女性が象徴的に登用・配置されるのではなく、本当の意味でダイバーシティの成果を得る行動変革の時期を迎えたといってよいでしょう。そのために重要になってくるのが、“ダイバーシティ&インクルージョン”(多様な人材が対等に関わりあいながら一体化している〈図表4〉の状態)という発想です。
アメリカでは1990~2000年ごろ、多くの企業がダイバーシティ・マネジメントに取り組みました。ダイバーシティ人材として女性 や人種的マイノリティの積極的な採用・登用とサポート制度の導入に焦点が当てられましたが、アメリカではダイバーシティ・マネジメントはうまく機能せず、せっかく採用・登用したダイバーシティ人材の離職率は高いままでした。

このダイバーシティ・マネジメントの失敗の原因は、ダイバーシティ人材を受け入れ、協同していくという受け入れ側のマインドセットの欠如と変化を拒絶する組織風土だといわれています。そうした反省を活かして“ダイバーシティ&インクルージョン”という概念が生まれ、2000年以降多くの企業が成長戦略として取り組んでいます。
今の日本企業は、ダイバーシティ人材の確保や制度の導入に焦点を当てるダイバーシティ・マネジメント に近い取り組みをしているように思います。しかしそれだけでは、ダイバーシティ人材は他の社員にとってお荷物でしかありません。本来はダイバーシティ人材がいることで、他の社員にも好影響がもたらされ、プロセスイノベーションやプロダクトイノベーションが引き起こされることがダイバーシティの成果のはずです。そういった点からも“ダイバーシティ&インクルージョン”の概念なしにダイバーシティの成功は難しいと考えられます。ぜひマタハラ解決をきっかけに、“ダイバーシティ&インクルージョン”へとつなげていってほしいです。
少子高齢により労働力人口が減少しており、2030年にはピーク時(1968年)の61%にまで落ち込むと予測されている日本社会において、育児・介護ばかりでなく、病気やけがなど体力的な事情のため、勤務時間や地域的制約を伴う人材が働き続けることのできる社会の実現が求められます。
“ダイバーシティ&インクルージョン”の概念なしに企業は生き残ることはできないので、生き残りをかける上での経営戦略の一環にしていただきたいと思います。

2018.1掲載

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