ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

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有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

大久保貴世:インターネットと人権侵害(その1)

プロフィール

一般財団法人インターネット協会 主幹研究員
大久保 貴世(おおくぼ たかよ)

インターネットのルール&マナーの啓発、トラブル相談、インターネット利用アドバイザーの育成、教育テレビ出演など

はじめに

あなたは話をするのが好きですか?それとも聞く方が好きですか?一方、あなたはレポートを書くのが得意ですか? 書くのが得意ならば、それをインターネットに書きますか?

仕事場では、「話し役の人」と「聞き役の人」の2つのタイプの存在があってバランスがとれている。話すことも聞くことも好きだし得意という人も少しはいるだろうが、どちらかには当てはまるであろう。それでは、インターネットの交流サイトではどうだろう。「話す=書く」ことが好きなのはもちろん、他人の投稿を「聞く=見る」ことも、「感想を言う=コメントを書く」ことも好きである。書くことが好きな人が自分をアピールできる絶好の場所として、良いことも悪いこともインターネットを書き込みの場としている。つまり、「いろいろな人」がインターネットに投稿しているのではなく、「書くことが好きな限られた人」が投稿しているのである。肯定的な投稿は微笑ましいものだが、こういう人たちの批判的な投稿は想像以上の影響を及ぼすことがある。

これまでインターネット上に繰り広げられた人権を侵害する書き込みには、どのようなものがあるのか。そして、私たちはインターネットでどのような振る舞いをするとよいのだろうか、じっくり考えてみたい。 インターネット事件簿 はじめに、過去10年間の大きな事件をあげる。テレビや新聞等で報じられた事件なので、そういえばこんな事件があったと思われることだろう。

2004年 殺人
長崎。小学6年生女子児童が同級生の女子児童のチャットの書き込みに腹を立て、カッターナイフで殺害した。チャットでは「いい子ぶっている」「ぶりっ子」等と嫌なことが書かれていたので、加害児童は被害児童にネット上でやめてほしいと求めたが、聞き入れてもらえなかったと供述。

2006年 プライベート情報流出
徳島。大手電機メーカー男性社員のパソコンから個人情報が流出、彼の恋人と思われる女性の猥褻画像が、2ちゃんねるを中心に不特定多数の人にさらされた。パソコンに入っていたファイル交換ソフト「Share」がウイルスに感染しためであり、中にあったメールから男性社員の実名が特定されてしまう。そして、Mixiで本名登録していたため、同様にMixiに登録していたその恋人女性までも特定されてしまう。彼女の出身学校、職業まで暴露された。

2007年 名誉毀損ほうじょ容疑
大阪。学校裏サイトの掲示板で、女子中学生の実名を挙げた中傷の書込み「うざい」「ブス」等を削除せずに放置した等として、名誉毀損ほうじょ容疑で、掲示板管理人の男性を書類送検。また、女子生徒と同学年で別の中学校に通う少女に対し中傷書き込みをした名誉毀損の非行事実で児童相談所に通告。書き込みのIPアドレス等から加害者の少女を特定。管理人は「中傷とわかっていたが、これくらいならば削除に値しないと思った」と供述。(その後、書き込みの内容から、名誉毀損にはあたらず「侮辱」にとどまった)

2008年 自殺
韓国。女優などの芸能人の自殺が相次ぐ。「演技力批判」や「整形疑惑」、「私生活の噂」といったネット上での書き込みが挙げられている。

2009年 事実無根
東京。お笑いタレントの本名が、1989年の女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人と同姓同名であったことから、1999年頃より、殺人に関与した犯人であると信じている者たちからネット上の匿名掲示板などで中傷された。中傷は2ちゃんねるのほか、所属事務所のブログにまで及び炎上。(その後、17~45歳の男女18人が名誉毀損の疑いで書類送検された)

2010年 自殺あおり
宮城。金融機関職員の男性(24)が自殺。男性の動画サイトでの自殺予告に対し、2ちゃんねるでは「いますぐ死ね」「また死ぬ死ぬ詐欺かよ」「早く実行しろ、かまってちゃん」などと自殺をあおるような書き込みがされた一方、「生きろ!!生きるんだ!!」「いいよ死ななくて」「かんがえなおして」など自殺をとめる書き込みもあった。しかし、自殺の映像が流されたことから視聴者が警察へ通報し死亡した男性を発見。

2011年 守秘義務違反
東京。有名ホテルのアルバイト店員がTwitterで「スポーツ選手とモデルがご来店 まじ顔ちっちゃくて可愛かった…今夜は2人で泊まるらしいよ お、これは…(どきどき笑)。」と実名を投稿。ネット上で大騒動になり、ホテルはアルバイト店員による個人情報漏えいの事実を確認し、アルバイト店員を解雇。

2012年 プライバシー侵害
日本。グーグルでプライバシーを侵害する予測検索結果が表示され(サジェスト機能という)名誉を傷つけられたとして、日本人男性が米国のグーグル本社に表示の差し止めを求める仮処分申請を行い、東京地裁が申請を認める決定をした。(その後、2013年5月、男性の名誉毀損認めず、東京地裁が請求棄却)

2013年 画像投稿→自殺
アメリカ。15歳少女は高校フットボール・チームのメンバーらと集い、パーティの会場で誰かが持ってきた酒を飲み、泥酔状態となりレイプを受ける。その画像がネットに投稿され、何も覚えていなかった彼女は自殺。

2013年 殺人→画像掲載
東京。18歳女子高校生刺され、死亡。Facebookで知り合った男性を逮捕。2年前付き合っていた当時の猥褻な画像や動画を掲載し、リベンジポルノが話題に。

2014年 不適切投稿
日本。有名航空会社が、システム障害で大量欠航したトラブルについて、自社のFacebookに謝罪文を載せたところ、ライバル航空会社の機長が「倒産して税金でやってる会社…調子乗ってんじゃねえよ!」と実名でコメントを書き込んでいた。書き込みをした機長の会社側は「お客さまに不快の念を与えた」として、機長に軽はずみな言動を慎むよう指導した。

これらの事件を想い出しただろうか。人権を侵害する原因はさまざまだけれど、当事者かどうかは関係なく、インターネットで投稿したり画像を載せたりすることが好きな人たちの問題であることがわかる。インターネットに載せなければ誰も知り得なかったかもしれないのに、残念ながら、そういう人たちの存在がある限り止めることができない。ところで、気が付いただろうか、自分とは無関係の事実無根の噂を作られてしまうこともあることを。こればっかりは毅然と向き合うしか方法がないのだ。

法務省への相談(人権侵害)

2番目に、事件までには至らない人権侵害について。国の「法務省人権擁護機関」は、人権侵害を受けた者からの申告等を端緒に人権侵害による被害の救済を行っており、毎年、人権侵害事件の状況が公表されている。2013年の1年間においては、新規救済手続開始件数2万2437件のうちインターネットによるプライバシー侵害や名誉毀損など人権侵害の事案が、計957件に上り、前年に比べ42.6%増で、過去最多となった。

(出典:http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00185.html

具体的には、何者かが被害者になりすまし、インターネットに被害者の顔写真を掲載したほか、氏名、生年月日、住所の一部、携帯電話番号、メールアドレスおよび被害者をかたった卑猥な内容の書き込みがされているとした事案や、動画投稿サイトに、子どもが同級生からいじめを受けている様子を撮影した複数の動画が掲載され、精神的な苦痛を被っているという事案等がある。法務省の人権擁護機関は全国の法務局に置かれており、2013年は136件の事案がプライバシーを侵害するものと認められプロバイダ等に対し削除要請を行っている。インターネットの書込みの削除を依頼するのは、基本的に「本人」または「法定代理人」とされているが、法務省が代行して削除要請を行っている。削除要請を行うか否かの判断は、人権侵害内容が「明白」であり、かつ、本人や法定代理人が削除要請をすることが「困難」な場合とされている。よって、相当な人権侵害の事案と考えてよいだろう。

インターネット協会への相談

相談(14歳女子中学生):
SNSで知り合った相手に自分の秘密を伝えたら、あるサイトの掲示板にその秘密を書かれてしまった。その秘密を消す方法がわかりません。恥ずかしくて夜も眠れません。

相手の裏切り行為と自分の秘密暴露のダブルショックである。

彼女は自分の名前でネット検索してみたところ、自分の実名と写真、そしてこの「秘密にしていたコト」がセットになって掘り出された。便利な検索機能が逆に恐ろしい機能となってしまったのだ。自分の秘密が学校の友だちや沢山の人に見られる心情を察するといたたまれない。書き込みの内容がサイトの利用規約違反であれば削除依頼により消してくれるが、すぐに消してくれなかったり全く消えない場合もある。彼女はなんとなく相手に気を許してしまい、身近ではないネットの相手ならば話しても大丈夫だろうと自分の秘密や悩みを伝え、まさかその相手が自分の秘密を暴露するなんて思いもよらなかったと言う。

彼女へ掲示板の削除依頼方法を教えたところ、幸いにもそのサイトの利用規約違反に該当する個人情報の書き込みだったので削除された。もう少し削除が遅くて学校の友達に知られてしまったらどうなるのか想像すると恐ろしい、早期対処できてよかった事例である。

一方で、そのネット友だちとどのように決別するのか(または和解するのか)、相当な努力を要することが想像できる。そして、ネットの相手の正体を見抜けなかった未熟な自分を悔やむことになる。

Twitter、Facebook、アメーバ等のSNSの利用規約では、個人情報の取り扱いや禁止行為、その理由なども書かれているが、規約を熟読してから登録する人はほとんどおらず、読みとばしてしまいがちである。インターネットでは注目を集めるために自己主張しないといけないような雰囲気や、友だちになったら「嫌われたくない」「もっと仲良くなりたい」といった理由で、自分のことを必要以上になんとなく話してしまい、相手にあわせる言動をしてしまうのだ。

SNS利用の注意事項は知っておきたい

もう1つ相談事例。自分では大丈夫と思っていても、SNSやスマートフォンの便利機能が不安機能にもなる。

相談(21歳女子大学生):
ブログをやっていて、会社員(30歳)の男性からコメントを頂き、少し仲良くなりました。会おうと言われたので断ったら「ブログの写真を周辺やネットで晒して、お前の場所を特定させる」や「見つけたら犯してやる」など毎日脅迫されます。居場所を特定される可能性のある写真をブログに掲載していたために、すごく不安です。

写真を特定する方法は2つある。1つは写真の風景の中に特徴的なものが映っていたら、居場所がわかる。2つ目は、スマートフォンで撮影した写真はGPS機能により、写真に位置情報が付くということ。位置情報とは緯度経度情報のことで、購入時のカメラの位置情報の初期設定は「オン」になっている。この設定を「オフ」にしておけば位置情報はつかないのだが、もし、不用意に自宅で撮影した写真をインターネット上に公開すると、緯度経度情報から自宅が特定されてしまうこともある。また、文字を投稿する場合でも、例えばTwitterなどでは、そのまま投稿すれば、自宅の場所や今いる場所がツイートを見ている他の人に知られてしまって、思わぬトラブルにつながる可能性がある。自分のツイートに位置情報をつける必要があるかをよく考え、不必要であれば外しておくとよいだろう。このTwitterも初期設定は「オン」になっている。

続く

・インターネットと人権侵害(その1)
インターネットと人権侵害(最終回)

2015.7掲載

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