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有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

中辻めぐみ : 「職場復帰ありき」のメンタルヘルス対策をめざして(最終回)

プロフィール

中村雅和社会保険労務士事務所 副所長
中辻 めぐみ(なかつじ めぐみ)

大分労働基準局に労働事務官(当時)として入局
以来、労災保険業務に携わり「脳・心臓疾患」「精神障害等」の給付業務を行う 現在は「メンタルヘルス」「セクハラ・パワハラ」「過重労働対策」を中心に企業に向けてコンサルティングを行なっている
講師活動は年間50本以上、企業、官庁などに向けて多数
URL:http://www.sr-infinity.com

就業規則の整備を中心に職場復帰しやすい仕組みづくりを行う

次に取り組んだのは、就業規則の整備だ。職場におけるメンタルヘルス不調者が出た場合には、産業保健スタッフの力が欠かせないが、労務に関わる分野でも問題となることが多い。特に、休職、復職に関する就業規則の整備は非常に重要な部分となる。

職場復帰をうまく行うためには、初期対応がポイントになる。しかし現実には、病院への受診や休職を拒む社員もいる。そのため早期発見・早期療養を行うことを目的に、病院への受診を促す規定や休職を命じる規定を作成する。

一見、社員にとっては不利益に思えるかもしれないが、悪化させることで長期休職となれば復職への道のりは厳しくなる。それを防ぐことを目的としている。同時に企業内において、セルフケアやラインケア等の研修も一緒に行い「休職しても戻れる」ということも伝えている。

特に大手企業等に多いのが、長い休職期間でリセット期間が短い規定だ。手厚い内容ではあるが、休職者数の増加、繰り返しの休職による長期化等により、周囲の社員が疲弊していく。その結果、また別の社員が休職するという悪循環を生みやすい。また休職期間の賃金も保障していたため、人数が増加すれば、年間に数千万円単位の人件費がかかり頭を抱える問題となっていることも多い。

これらの問題に対し、就業規則でリセット期間の延期または通算を行うための経過措置を作ったり、休職期間中に傷病手当金とは別に所得補償が得られる私的保険を導入することで休職者に対してほぼ同額の補償を得ることができる等の情報を提供したりして、解決に至ったこともある。

また復職に関しては、主治医の意見のみで職場復帰とするのではなく、復職判定委員会を設置し、主治医の診断書を参考に、産業医の意見や人事執行権のある役員等も同席のうえ、復職可能の可否を判断するような仕組みも作ってきた。

日々起こる問題への対応

このような仕組みづくりと共に、日々起こる問題にも対応している。

「休職期間中に連絡が取れなくなった」
「『産業医は信用できないから嫌だ』と復職面談時に来ない、この場合は?」
「復職を希望するも、元の部署には戻りたくないと言っているが、どうすれば?」等だ。

これに対しては以下のような具体的な回答をしている。

「まずご自宅に行ってみて下さい。郵便ポストに郵便物がたまってないか確認してみましょう。自宅に訪れたというメモを残し、連絡を待ってみましょう」
「産業医を信用できない理由を伺ってみて下さい。仮に会社側の医師だから等の理由の場合は『中立的な立場』なのだということと、復職面談に来ないと会社も復職の判断ができないので、もう一回よく考え直してと伝えて下さい」
「なぜ、元の職場に戻りたくないとおっしゃっているのでしょうか?まずその理由を伺ってみて下さい」等と対応している。

それぞれの企業の就業規則や事情を考慮して、具体的な言葉で、初めの一歩を踏み出すアドバイスを行うことを心掛けている。実はこのような対応に疲労して、排除の方向に行くことになるため、こちらでサポートしているのだ。

もちろん私たちがこのように具体的なサポートをしていても、会社の担当者が対応することには変わらない。ただし、その方法や先の方向性が見えないため、担当者が不安になりやすい。不安の中、手探りで対応すれば、その場しのぎの対応となり、休職者が不満を抱きやすくなる。その不満を担当者にぶつけることも少なくない。担当者は「こんなにやっているのに、次から次に分からないことを言い始めて!」となりがちだ。

その不安になる思いも、私たちは受け止めている。

「そうですよね、確かに辛いですよね」そう一言お伝えするだけで「うん…。中辻さん、辛いねえ。こんなに辛いんだねえ」と言ってくれる。「はい、辛いと思います。特に直接お目にかかって、真摯に対応しているのにそんな風に言われたら辛いですよね。でも、もうちょっとだけ頑張って、なんとか成功事例にしませんか?私も一緒に考えます」とお伝えすると「そうだね、あともう少しだね」と前を向いてくれるのだ。

このようなやりとりが一度や二度ではない。何度も何度も繰り返される。その度に、その担当者の方の気持ちに寄り添い、今の辛い気持ちを聴く。そしてまた少しずつ前進していく。日々起こる問題の支援と担当者たちの気持ちの支援、これらを併せながら行っている。

おわりに

もちろん、良いことばかりではない。休職者からぶつけられた感情のまま、私たちに、その感情をぶつけてこられる担当者もいる。仕事とは言え、深いため息をつきたくなることもある。それでも次に進む、その繰り返しだ。

中小零細企業の場合は、休職期間が3カ月しかない、というような会社もある。期間が短く、どうしても元に戻れなかった事例もあるが、会社ができることを尽くした結果、西日本に住む休職者のご両親が、東京の会社を尋ねてこられ「病気の娘のために、会社がここまでやって下さったことに心から感謝します」と頭を下げていただいたという例もある。

先の感情をぶつけられた担当者から「中辻さん!彼が復職できるようになったよ!手こずって中辻さんにも迷惑かけたけど、ごめんね、ありがとう!」と言われ目頭が熱くなったこともある。そのような中で「休職者の割合は変わらないが、休職期間が短縮された」「再発者が、前年度比2割減った」等の効果が表れている。

これらの支援の事例をもとに、また各地でセミナーを行い「職場復帰ありき」のメンタルヘルス対策を伝えている。以前「理想論だ!」と言われたその理想を、道半ばではあるが、今後も私たちは追い求めて行きたい。

そして自負を持って働く人たちとその会社をこれからも、支え続けて行きたいと思っている。
「職場復帰ありき」のメンタルヘルス対策をめざして(その1)
・「職場復帰ありき」のメンタルヘルス対策をめざして(最終回)

2015.4掲載

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