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有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

星野仁彦:発達障害に気づかない大人たちへのプライマリー・ケア(初期対応)(最終回)

プロフィール

医学博士
星野 仁彦(ほしの よしひこ)

1947年福島県会津若松市生まれ
【専門分野】
・児童青年精神医学 ・精神薬理学 ・スクールカウンセリング
【経  歴】
1973年 福島県立医科大学卒業(神経精神科入局)
1984年~1985年 米国エール大学・児童精神科留学
2001年 福島学院短期大学教授・メンタルヘルスセンター初代所長
2003年 福島学院大学・福祉学部教授(初代学部長)
2012年 同大学副学長、現在に至る
【筆者著書】
「それって大人のADHDかもしれません」アスコム(2011年)
「空気が読めないという病」KKベストセラーズ(2011年)
「発達障害が見過ごされる子ども、認めない親」幻冬舎(2011年)
「発達障害に気づかない大人たち(職場編)」祥伝社新書(2011年)
「子どものうつと発達障害」青春出版社(2011年)
「大人の発達障害を的確にサポートする」日東書院(2012年)
「それって大人の発達障害かも?」大和出版(2012年)

職業選択(キャリアガイダンス)はなぜ重要か

大人の軽度の発達障害者は、社会への適応レベルや職業、年収などが千差万別で人生の満足度に大きな違いがある。社会で大活躍して尊敬を集め、高収入を得ている人もいれば、社会に適応できず40代になっても定職に就かない人もおり、その境遇にはまさに天と地ほどの差がある。

この差はいったいどこからくるのであろうか? 一つには彼らがもともと抱える発達障害の程度や合併症の有無によるが、もう一つの重要な要因として、「その人にあった適職に就けたかどうか」という職業選択の問題を指摘しなければならない。

社会不適応の極端な例であるひきこもりやニートは、近年の総務省統計局の調査で約80万人いるとされている(別の調査では160万人)。ひきこもりやニートに占める発達障害者の割合は、厚生労働省の調査では2〜3割強であるが、約8割とする調査もあり、正確なところは不明である。筆者は現在、外来でひきこもり・ニートの人を150人ほど診ているが、そのほとんどは発達障害であり、臨床的には後者のデータの方が実態に近いと思われる。

発達障害者は自分を客観的に自己認知として得手・不得手を適切に理解したり、人生の長期的な目標やビジョンを描いたりするのが苦手である。さらに社会性(ソーシャルスキル)の未熟、学業不振、基本的生活習慣(ライフスタイル)の不規則さ、感情・情緒のセルフコントロール困難、ゲーム(ネット)・ギャンブル・浪費など学業・仕事以外のことへののめり込みとマニアックな傾向などが重なれば、ますます社会適応が困難になる。

しかしその反面、彼らの特定の分野へのこだわり・興味限局(きょうみげんきょく)傾向とひらめきを有効に活かせば、水を得た魚のように才能を開花させる可能性がある。この点でADHDやアスペルガー症候群などの「発達アンバランス症候群」は、まさに「磨かれていない原石」といえる。このような意味で、彼らが職業を選択する前に、中学・高校の時点で親や教師などによる就労支援とキャリアガイダンスがなされることがきわめて重要である。しかし後述するように、彼らの自己認知の未熟さ、親や教師の発達障害への否認・認識不足のため、こうした支援はあまりなされていない。

大人の発達障害に向かない職業と向いている職業

米国などでの臨床報告や筆者の経験では、次のような仕事・職種は、一般に発達障害者に向いていない。

1.高度な協調性や熟練したスキルが要求される営業関係や接客関係
2.優れた管理能力が要求される経理、人事、総務関係
3.>ミスが大事故に直結するような交通、運輸関係(運転手、パイロット、航空管制官など)
4.その他、複数の要求を同時にこなす必要がある仕事、不測の事態への臨機応変な対応が求められる仕事

一方で、一般的に発達障害者に向いているのは、協調性や対人スキルがそれほど要求されず、管理能力や臨機応変な対応もさほど必要とされない職業であろう。ひと言で言えば、彼らの興味・関心の向いた専門的技術職が適職といえる。「百芸は一芸の詳しきに如かず」とはまさに至言で、何でもできる器用貧乏は、一つの専門的な知識や技能を持つ人には及ばない。実際、多少偏屈な変わり者でもそうした専門能力が評価され、世の中で重用されている人はたくさんいる。表2に示した職業に就いている発達障害者は成功している人が多いので、彼らに向いている仕事と言えよう。

筆者の臨床体験では、ADHDやアスペルガー症候群などの発達障害者は、一般の会社組織の中では協調性やチームプレーを発揮しにくく、適応しにくい人たちである。表2に掲げたような適職に就けた人はよいが、ほとんどの場合、彼らはあまり向いていない職業に就いている。

その理由の一つは本人の自己認知(自分の能力を客観的にみる認知能力)が未熟なことであり、もう一つは前述のように親の否認・認識不足である。適職に就くためには、遅くとも中学・高校までに親が発達障害に気づいてあげて、本人に向いている技能や資格を取らせるための適切な専門学校や短大・大学に入れなければならない。しかし多くの場合、これが十分になされていない。

筆者は現在、クリニックで150人以上の大人の発達障害者を診療しているが、彼らが失職・転職を繰り返す比率は非常に高い。一部は解雇やリストラの憂き目に遭っているが、多くの場合、「自分に合わない」と思って辞めている。それに伴い、経済的困難に陥ったり離婚する割合も高く、その結果、うつ病やさまざまな依存症を合併する確率も高い。

大人の発達障害者の治療

大人の発達障害の治療については、まず、発達障害者本人とそのパートナー、家族への告知と発達障害に関する心理教育による気づきと洞察の獲得が最も重要であり、これがないと治療ははじまらない。

この心理教育によってパートナー・家族の理解と受容が得られる。それがある場合とない場合を比べると、図3に示すように治療に対する反応性が全く異なる。

実際の治療の方法は表3に列挙した通りであるが、これらの詳細については専門書(文献(1)~(3))を参照されたい。

発達障害者への社会福祉はどうあるべきか

以上、悲観的なことばかり述べたが、このように発達障害者への社会福祉が立ち遅れている背景には、米国などと比べて児童精神科医療が大幅(40年以上)に遅れており、特に発達障害の専門医が極めて少ないという現状がある。児童思春期に適切な早期診断・治療がなされていないので、大人になってからそのツケが回ってきている訳である。

発達障害はうつ病と並んで有病率が高い精神障害であるので、産業医などと連携して、彼らのために職場でのサポートシステムが確立されるのが理想であろう。また、休職した場合にも、うつ病の場合と同様の復職プログラムが構築されることも望まれる。

米国では1990年に、アメリカ障害者法(ADA)が制定されたが、これは、全ての公私立の教育機関で守るべきとして1973年に制定されたリハビリテーション法504条を、15人以上の事務所にまで拡げて施行したものである。それには、学習能力や対人関係、仕事、集中力などに実質的な制限ないし制約が認められる発達障害者が、雇用主に障害について申し入れた場合、「雇用主は合理的な配慮をしなければならない」と明確に規定されている。
今後は本邦でも、発達障害者のための医療、社会福祉の向上とともに、一般企業でのサポート体制が構築されることが望まれる。

文献
1.『知って良かったアダルトADHD』 星野仁彦著/ヴォイス出版
2.『気づいて!こどもの心のSOS』 星野仁彦著/ヴォイス出版
3.『機能不全家族』 星野仁彦著/アートヴィレッジ
4.『発達障害に気づかない大人たち』 星野仁彦著/祥伝社新書
5.『発達障害に気づかない大人たち(職場編)』星野仁彦著/祥伝社新書
6.『発達障害が見過ごされる子ども、認めない親』星野仁彦著/幻冬舎
7.『子どものうつと発達障害』 星野仁彦著/青春出版社

2015.2掲載

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