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有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

星野仁彦:発達障害に気づかない大人たちへのプライマリー・ケア(初期対応)(その2)

プロフィール

医学博士
星野 仁彦(ほしの よしひこ)

1947年福島県会津若松市生まれ
【専門分野】
・児童青年精神医学 ・精神薬理学 ・スクールカウンセリング
【経  歴】
1973年 福島県立医科大学卒業(神経精神科入局)
1984年~1985年 米国エール大学・児童精神科留学
2001年 福島学院短期大学教授・メンタルヘルスセンター初代所長
2003年 福島学院大学・福祉学部教授(初代学部長)
2012年 同大学副学長、現在に至る
【筆者著書】
「それって大人のADHDかもしれません」アスコム(2011年)
「空気が読めないという病」KKベストセラーズ(2011年)
「発達障害が見過ごされる子ども、認めない親」幻冬舎(2011年)
「発達障害に気づかない大人たち(職場編)」祥伝社新書(2011年)
「子どものうつと発達障害」青春出版社(2011年)
「大人の発達障害を的確にサポートする」日東書院(2012年)
「それって大人の発達障害かも?」大和出版(2012年)

大人のADHDのケース

28歳のB男さんは真面目で誠実そうな銀行マンである。地方の国立大学を卒業した後、大手の銀行に入社した。しばらく勤務したころ、上司から、「君は大人のADHDではないか」といわれて受診を勧められた。

B男さんは事務連絡、書類作成、振込などのミスが多く、銀行全体に迷惑をかける失敗を何度もしている。仕事の手順がわからなくても上司や同僚に相談せず、自分の独断で勝手にやってしまう。また、仕事の優先順位をつけられない。仕事も人間関係も全て自己流である。

上司からは「生意気な奴」とみられ、「“ジコチュー”で人との約束を平気で破る、信頼できない奴」と評価されている。

B男さんの致命的な欠陥は、朝起きられず、定刻に出勤できないことである。いったん寝ると、14〜15時間も寝てしまい、目覚まし時計を何個かけても起きられない。高校生までは親に起こしてもらっていたが、大学に入ってひとり住まいをしてからは頻繁に寝坊し、遅刻していた。これは銀行に就職してからも続いた。

日常生活でもB男さんはだらしなく、「食べっぱなし、脱ぎっぱなし、置きっぱなし、読みっぱなし」で、部屋の中はメチャクチャである。時間の観念もまったくルーズで、人との待ち合わせの時間を忘れて平気ですっぽかす。忘れ物も多く、携帯電話を忘れたり、ズボンのベルトをしないで出勤したりする。不注意のため、交通違反や事故が多く、年に1回は大きな事故を起こし、これまで車を何台か壊している。

「仕事と人間関係でストレスがたまる」という口実でときどき大酒を飲み、ウイスキーのボトルを1本空けてしまう。またヘビースモーカーで、1日に30本以上はタバコを吸っていた。

B男さんの病歴を聞いたところ、小・中・高校時代は成績がかなり良く、トップクラスであった。小学4年生ごろまでは落ち着きがなく、椅子にじっとして座っていられないため、教師のそばに座らせられていた。手先も全身の協調運動も不器用で、工作ができず、楽器も弾けず、体育も苦手であった。また、小学生のころから忘れ物が多く、ランドセルに何も入れないで学校に行ったこともあった。整理整頓はまったくできない。さらに方向オンチで地図が読めず、よく道に迷う。子どものころから自己中心的、わがままで、キレやすく、要求が通らないとよく暴れていた。イライラすると、通りがかりの子どもを理由なく殴っていたという。

B男さんは大学を卒業するまではまったくマイペースで人の評価を気にせず、「我が道を行く」タイプであった。しかし、会社に入って仕事のミスが重なり、遅刻も多く、上司からはよく叱られ、周囲から孤立するにつけて、さすがに自己評価が低くなり、気分の落ち込むことが多くなってきた。最近は自分を振り返って、「自分は社会性も協調性もない欠陥人間だ。ルールを守れないし、相手の立場になって考えることができない。人の話を最後まで聞かないで、自分の言いたいことを言う。聞こうとしても途中でわからなくなってしまう。自分は頭が悪いんじゃないかとも思う。性格の合わない人とは初めから付き合わないし、友だちとの関係がまずくなっても修復しない。仕事は計画性がなく、そのときの思いつきでパッパと行動してしまう。どこから手をつけたらいいのかわからない。こんな自分が好きになれない」と述懐していた。B男さんは軽いうつ状態を合併するようになっていた。

大人の発達障害が二次障害を発症する理由

ADHDをはじめとする発達障害者は、思春期・青年期以降にさまざまな二次障害や合併症をひき起こしやすいことが知られている。たとえば筆者の調査では、表1のように近年外来を受診した80名の大人のADHDのうち、合併症のない人はわずか11名(13.8%)であり、残りの69名(86.2%)は何らかの合併症を示していた。合併症の種類としては、うつ病、不安障害、社会的ひきこもり、パーソナリティ障害、依存症・嗜癖(しへき)行動などが高頻度であった。また、大人のASでは合併症のない人は50例中2例(4%)のみあり、48名(96%)は何らかの合併症を示していた。

世の中にはひどいいじめにあおうが、父親が酒乱で妻や子どもに暴力を振るうような歪んだ家庭環境に育とうが、それを乗り越え、心に傷も残さず、たくましく社会に適応できる人もいる。こういう人は脳が健常でストレスに強いのであろう。

しかし、世の中はそんな人ばかりではない。予防的な観点から考えれば、発達障害者は一般の健常者以上にストレスやプレッシャーの少ない環境で、より受容的に温かく保護的にサポートされるべきであろう。にもかかわらず、現実は全く逆で、発達障害者特有の言動が、「怠け者」や「変わり者」、「自分勝手なわがまま人間」と誤解され、毎日のように親や教師などから厳しく叱責され、級友のいじめの対象になる。また運良く就労ができても、上司や同僚などから注意されたり非難されることが多くなる。これでは二次障害や合併症を起こすのも無理はない。

大人の発達障害がうつ病を合併しやすいことは国内外で広く報告されている。脳の機能障害や遺伝的な要因もあるが、基本的には成功体験が少なく、自己評価や自尊心が低いのが大きな理由である。

前述の合併症を示した69例のうち、68例がうつ病・うつ状態であった。その他、重複症状を示す例として、不安障害が30例(37.5%)、依存症・嗜癖行動が30例(37.5%)、パーソナリティ障害が33例(40.0%)を数えた。

『手のつけられない子、それはADHDのせいだった』(扶桑社)の著者メアリー・ファウラーは、ADHDの人に自尊心が育ちにくい理由として、(1)成功体験を積むことができない、(2)周囲の評価が低い、(3)「できるのにやらない、怠けている」と誤解されやすい、(4)無理解な親や教師から過大な期待をかけられる、(5)できたりできなかったりと症状が変動する、などと指摘している。

もう一つの理由は脳機能障害である。具体的には自尊心を司る前頭葉から基底核・線条体に至る「A―10神経系、すなわち報酬系(ドーパミンを分泌して快感を高める神経系)」という部位が未発達で、自己像・自尊心が低くなりやすいと考えられている。発達障害者はこうして低い自己評価と自尊心を持ち続け、思春期・青年期になると漠然とした社会不適応感を抱き、劣等感、無気力感、孤立疎外感が募り、不登校や非行を示し、成人になると、うつ病や依存症などを示すようになる。

続く

発達障害に気づかない大人たちへのプライマリー・ケア(初期対応)(その1)
・発達障害に気づかない大人たちへのプライマリー・ケア(初期対応)(その2)
発達障害に気づかない大人たちへのプライマリー・ケア(初期対応)(最終回)

2015.1掲載

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