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田中 正人 「路地裏の人権」 〜からかいの文化と人権 (その5)

ちょっとした会釈のうすれた社会

イメージ  ちょっとした混み合った電車を想定してみてください。通りすがりに、荷物が他人の身体にぶつかった。慌てて電車から降りようとして、周囲の人間をモノをどけるように、無言で押し退け、なぎ倒さんばかりに突き進む---それでも、何の会釈もありません。
 あるいは、何もしないで立っているのをいいことに?週刊誌や新聞、本を広げて読む。本が隣人の背中を小突こうと、読むために背をそらし、肘を張り、その結果周りの人間が窮屈な思いをしようと、われ関せず・・。
 はたまた、目前に他人が立っていてもお構いなしに足を組む。相手の衣服に靴が触れても、平気のへいざ・・・。
 何もしないで立っていても、その人の「存在」であり、「意思表示」なのです。目の前、隣にいる人の意思、存在を軽んじたら、何らかの会釈、行動があって当然です。
イメージ  電車内で、つい当たってしまうのは人の常です。問題はそのあとです。「失礼」などの一声、会釈が、相手の意思・存在、つまり人権を無視したのではないことの表われなのです。なのに、そうした会釈が何もないのです。相手を「同じ人間」として考え、その「存在」を意識する発想がまるでないのです。
 特定の人、組織だけがいくら熱心に学んでも、人権感覚は普遍化しないと言っていいでしょう。社会の隅々に、路地裏に、「人権感覚」という畑が耕されていない限り、どんなに波を起こしても、波紋は広がらないのです。

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