『インターネットと人権』(その1)
東京大学社会情報研究所教授 浜田 純一

         

1.ネットワーク社会の到来
 「情報化社会」という言葉が登場してから、ずいぶんたちました。今日では、それに代わって「ネットワーク社会」という言葉も、頻繁に用いられるようになっています。ここに象徴されるように、現代社会では、コンピュータと結び付いた通信ネットワークが果たす役割が、ますます大きなものとなり、私たちの日常生活に、きわめて身近なものになってきています。

 コンピュータ・ネットワークのそうした身近さを示す典型的な例が、パソコン通信、あるいはインターネットです。ここ数年におけるコンピュータ・ネットワークの一般的普及は、実にめざましいものがあります。これは、先進国を中心として世界的に見られる傾向ですが、日本の状況を眺めると、パソコン通信サービスの会員数は、1991年の統計で115万人であったものが、1999年には900万人近くになっています。また、インターネットに接続されているコンピュータ端末の数は、1994年に約4万台であったのが、今年は100万台を突破するなど、この5年間で25倍以上になり、インターネットの利用者は、すでに1700万人を超えているものと推計されています。パソコン通信は、インターネットに比べていち早く一般的普及をみたものですが、そこでは、メールのやりとりのほか、電子掲示板、会議室などのフォーラムへの書き込みや「チャット」という文字によるおしゃべり、データベースの活用などが可能です。また、パソコン通信のプロバイダー(接続事業者)がインターネットへの接続サービスも提供するようになったことから、公衆電話回線を経由することで、一般の人々にもインターネットの利用がきわめて容易になりました。インターネット上では、メールのやり取りはもちろん、しばしば「ホーム・ページ」という表現が用いられるwww(ワールド・ワイド・ウェブ)の機能、さらには一種のテレビ会議や放送的な機能までも利用可能であることによって、インターネットは、人々にきわめて身近なメディアとして急速に発展することになりました。

 かつては、こうしたコンピュータ・ネットワークの利用は、限られた専門家あるいは「おたく」の世界の現象でした。しかし、今日では、非常に多くの人々が、ごく日常的に、その便利さを楽しんでいます。つまり、パソコン通信やインターネットによるコミュニケーションは、もはや狭い世界での井戸端会議のようなものではなく、社会のすべての人々に開かれた、マス・メディアに次ぐようなメディアにまで成長してきているのです。それが意味するのは、これらのコンピュータ・ネットワークをめぐって生じる様々な問題は、社会的にきわめて大きな影響をもつということです。

2.個人の表現機会の拡大
 こうしたパソコン通信やインターネットの普及が、社会的にどのような意味をもつのか、少し考えてみましょう。何よりも、コンピュータネットワークは、憲法にも掲げられた「表現の自由」の現実的な機会を、一般の個人にも広く保障するものであることが、重要な特徴です。そこで生み出される社会の情報流通のあり方の変化は、人々に、自由な情報交換や情報利用の豊かな可能性をもたらすものであり、さらには、社会の基本的な仕組みそのものにも質的な変化を生み出すものです。

 昨年の末に、東京地方裁判所で、ネットワーク利用に関する一つの判決が出されました。この事件のきっかけは、あるパソコン通信サービス会社が、サービス運営をめぐる批判をパソコン通信のフォーラムやインターネットのホームページに掲載した会員に対し、運営への支障を理由にサービス契約の解除を行ったことにあります。この会員は、会員としての地位確認と損害賠償を求めて訴えたのですが、判決は、運営を妨げる行為があった場合には会員資格を取り消せるとした会員規約は、とくに「サービスの提供を継続し難い重大な事情」が存在する場合にのみ認めうると限定解釈し、その背景となる考え方を、つぎのように説明しています。すなわち、「個々の会員にとっては、契約解除により、従前(同サービス・ネット)上で築いてきたコミュニケーションを完全に断たれ、被告ネット上での共同体から排除されることになるのであり、……契約解除の効果は重大なものになることが認められる」というのです。

 つまり、この判決は、現代社会において、ネットワークの利用が個々人のコミュニケーション活動にとって、きわめて重要な意味をもつものであることを指摘しています。同様のことは、アメリカにおけるインターネット規制として有名な、「通信品位法」に関する裁判所の一連の判決の中でも、しばしば触れられています。この法律は、最終的に連邦最高裁判決によって憲法違反とされたものですが、その前の控訴裁判所での判決の中で、ある裁判官が次のように述べています。すなわち、 「限られた手段しか持たない個々の市民が、みずから関心のある争点について世界の聴衆を相手に話す」ことができるという、インターネット上のコミュニケーションは、「もっとも参加型の、マス・スピーチの市場」を実現するものである、というわけです。


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