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あゆみ

「福田村事件」とは

関東大震災と福田村事件

 1923(大正12)年9月1日、関東地方南部を中心に大地震が発生しました。いわゆる関東大震災です。東京、神奈川、千葉等関東地方各地で、地震による火災も加わり大きな被害が出ました。なかでも東京は、3日未明まで燃え続き、全市の3分の2が消失、横浜では全市街がほとんど消滅ないし全半壊し、この大震災による被害は、死者・行方不明者143,000人、負傷者14,000人、羅災者(りさいしゃ)数約340万人といわれています。
このように、関東大震災は日本の歴史上きわめて特筆すべき大災害(天災)でありました。
 同時にこの大災害時に、日本の歴史上忘れてはならない6,600人以上といわれる朝鮮人、700人以上といわれる中国人に対する大虐殺と、日本人社会主義者等への殺害事件がありました。さらに震災時の混乱のなか日本人も殺害されるという事件も各地で多発しました。事実無根の流言蜚語(りゅうげんひご)を信じて組織された自警団の民衆や、軍隊、警察が言語に絶する大量殺戮(さつりく)行為を行ったという歴史的事実は、まさに人災でありました。
 この大震災と、流言蜚語の生み出した社会不安のなか、地震発生から5日後の9月6日に、千葉県東葛飾郡福田村(現・野田市)の、利根川河畔にあった三ツ堀の渡し付近で、大災害のために組織され、警戒にあたっていた福田村、田中村(現・柏市)の自警団に、香川県三豊郡出身の売薬行商団一行15人が、「不審者」として疑われ襲われました。そして一行のうち幼児、女性を含む9名が殺害され、死体は利根川に流されてしまうという大惨劇となりました。
 事件の発生地が旧福田村であったことから、「福田村事件」といわれています。

被差別部落と行商

 この事件については、長い間真相解明がされず、歴史の闇の中に封印されてきました。事件犠牲者は、香川県三豊郡の被差別部落の出身でした。厳しい部落差別のなか差別に負けず生活を守るために、遠く1,000キロも離れた関東地方で商売をしていました。三豊郡は香川県水平社が旗あげしたところですが、差別の厳しい地域でした。たとえば「福田村事件」で7人の被害者の出たK部落では、事件の起こる七年前の1916(大正5)年に、「相撲大会差別事件」が起きています。部落の青年が飛び入り参加したところ、「汝らが出る場にあらず」と袋だたきにされました。翌日、児童40数人が抗議の同盟休校に入りました。厳しい差別のため、部落の人たちは地元で安定した仕事につくのは不可能でした。農業で暮らそうとしても香川県は全国一面積が小さな県です。耕地が少ないことから小作料も高く、小作料をめぐって小作争議が多発していました。産業もすくなく仕事もない。部落の人たちは農業をやるにもわずかな農地で立地条件は悪かった。さらに厳しい差別の中で被差別部落の人たちは行商に生活の道を求めていきました。K部落では事件当時二軒を除き、すべて行商だったと言われています。
 行商を選んだのは(1)比較的資本力がなくても取り組めた、(2)現金の収入を得るのに有利である、など、生活確保のため厳しい手段であるけれども、積極的な選択でもありました。
 1931(昭和6)年の全国部落調査によると、行商が一番多かったのは香川県で、「殊に香川県のごとき各職業中行商に従事するもの最も多く」、「従業戸数に於ては5割以上の多数に及べり」(『部落産業経済概況』中央融和事業協会)と指摘しています。

(参考:『福田村事件のはなし』香川県人権研究所刊)

真相解明と追悼の取り組み

 4年前から被害者出身地の、部落解放運動のなかから「福田村事件」の真相解明の動きが始まり、現在香川県側で「千葉福田村事件真相調査会」が2000年3月に結成され、これを受けて、千葉県側でも同年7月に「福田村事件を心に刻む会」が結成されました。両団体が力を合わせて、事件の真相解明にあたり成果があがっています。真相解明の中から浮かびあがってきたもので、最大の特徴は差別の問題、構造です。朝鮮人蔑視など他民族にたいする差別、部落差別、行商人への職業差別、よそもの(排他的)への差別等が、複合的に重なって起きた事件であることが、明らかになってきました。
 この真相解明と併せて、事件犠牲者に対する謝罪の意味も含めて、追悼を形にしようとの運動が始まりました。具体的には事件発生80年後の2003年に『追悼碑』を建立する取り組みを進めています。二度とこのようなことが起きないよう、人権教材の記念碑とすること、事件被害者を多くの人々が追悼してくために、『追悼碑』を建立すべく香川、千葉双方にて取り組んでおります。
 80年前のことが、今日にも大きな人権課題として、生きた人権教材としてこの「福田村事件」は存在していることをご理解いただきたいと思います。

社団法人千葉県人権啓発センター発行 「別冊 スティグマ」 第15号 より抜粋


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