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あゆみ

国際社会と日本の人権<シリーズ2>「国連の取り組み」

国連が設立された大きな理由の一つは、第二次世界大戦で行われた非人道的行為を反省するものでした。従って、設立以来、人権の確立・保護のために数々の取組みを行ってきています。

国連は第二次世界大戦を反省し、1948年国連総会にて「世界人権宣言」を採択し、これを基に現在までに23もの人権関係条約を作成してきました。
主なものとしては「人種差別撤廃条約」(1965)「国際人権規約」(1966)「女性差別撤廃条約」(1979)「子どもの権利条約」(1989)などがあります。

これらの条約を批准した国は条約の内容に従い、必要であれば新しい法律や制度を整備する義務を負うこととなり、また批准した条約は国内法と同等の効力を持つこととなります。

国際人権規約は、世界人権宣言採択後18年間にわたって議論が重ねられ、権利の種類及び性質により「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(通称A規約又は社会権規約)と、「市民的及び政治的権利に関する国際規約(通称B規約又は自由権規約)、それにB規約の選択議定書である「市民的政治的諸権利に関する選択議定書」から構成され、1966年の国連総会で採択されました。なお、1989年には国連総会において「市民的政治的諸権利に関する第2選択議定書」も採択されています。

まず、A規約で保障されているのは、労働の権利、社会保障についての権利、教育についての権利などの社会権で、世界人権宣言において規定されている経済的、社会的、文化的権利に相当します。

B規約で保障されているのは、身体の自由と安全、移動の自由、思想・信条の自由、差別の禁止、法の下の平等などの自由権で、世界人権宣言において想定されている市民的・政治的権利にほぼ相当します。さらに選択議定書では、B規約に規定された権利の侵害があった場合、国連が個人の通報を受理し、審議する手続きについて、また、第2選択議定書では、死刑廃止を目的とする選択議定書で、締結国の義務や国連に対する個人の通報等を定めています。

なお、A規約については保障されている権利の内容から、規約を批准しても即時的な実施が義務づけられておらず、漸進的な実現が求められています。これに対し、B規約については、締結国に対して即時的実施が義務づけられています。
この様な国際人権規約の履行を確保するため、締結国は国連に対し、規約実現のためにとった措置等に関する報告義務を負います。また、B規約に関しては、任意的申し立て制度も採用されています。

日本は、国内法との関係で、A規約の中にある「公の休日についての報酬」「同盟罷業(スト)をする権利」「特に、無償教育の漸進的な導入」の3項目について拘束されない権利を留保し、さらにA規約、B規約中の「警察の構成員」について消防職員が含まれるとの解釈宣言を行った上で、1979年にこの規約を批准しました。なお、B規約の選択議定書及び第2選択議定書は批准していません。

(2)人権関係機関
国の政府は定期的に報告を義務づけられており、各委員会はその内容を審査し勧告を行っています。

また1946年に設立された人権委員会は、人権全般の研究・勧告案の作成などを行い、人権侵害については個人の申し立てを直接受け付ける機能を持っています。
これらの諸委員会や各機関との調整をはかり人権施策を総合的に扱う役職として1993年国連人権高等弁務官が設置されています。

(3)諸活動
また多くの加盟国がテーマに沿って、集中的に活動を行うことを促進させる目的で「国際年」「国際の10年」「国際週間」「国際デー」の設定があり、その多くが人権に関するものとなっています。

(国際年)
 
(国際の10年)
1983〜92年「国際障害者の10年」「第2次人種差別と闘う10年」
'93〜'02年「アジア太平洋障害者の10年」「第3次人種差別と闘う10年」
'94〜'03年「世界の先住民の国際の10年」
'95〜'04年「人権教育のための国連10年」

(国際週間)
3月21日からの週間「人種差別主義と闘う人々との連帯週間」
5月25日からの週間「自由、独立および人権のために闘うすべての他の植民地人民との連帯週間」

現在までに2回開催されています。
第1回は1968年にテヘランで、第2回は1993年にウィーンで開かれそれぞれ宣言を採択しています。
特にウィーン会議は、171ヶ国の政府と国際機関、NGOの5千人が参加する大規模な会議となり「ウィーン宣言」を採択しました。
この「ウィーン宣言」は21世紀への指針となるもので
・「自由権」「社会権」「発展の権利」は不可分で普遍的
・「国連人権高等弁務官」の設置
・全世界的に人権教育に取り組むこと
などが盛り込まれました。

(4)人権教育のための国連10年について
1993年6月、ウィーンで、国連による世界人権会議が開かれ、冷戦が終わり新しい国際秩序が模索される中で、先住民、移民労働者、女性への暴力などの問題が、人権問題として焦点となりました。この会議が採択した「ウィーン宣言及び行動計画」は人権の国際的な普遍性を確認し、また貧困を克服する権利、発展の権利が人権の不可欠の部分であることを確認しました。そして国連活動、国連機構における人権活動の強化として、人権高等弁務官の設置が決められました。また、「今後10年間、人権教育を進めよう」という提唱がなされました。

これを受けて、翌1994年12月、国連総会において「人権教育のための国連10年」が採択され、1995年から2004年の10年間をその期間に当てることになりました。
 
この国連決議に基づき、各国・各自治体における行動計画が策定されています。
ちなみに日本も1995年に内閣総理大臣を本部長とする「人権教育のための国連10年推進本部」が設置され、さらには各自治体レベルでも国と同様に推進本部を設置するところが多くなっています。


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