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知識

人権と人権侵害<シリーズ2> 「差別とは?」

「差別」解消のためには、人権が無視されていないかどうかの見極めが必要です。
差別とは何か、区別とは何かの議論を尽くして互いに合意が得られるところで、はじめて差別解消への道が拓けるものです。

■解 説

(1)「区別」と「差別」
私たちは、区別と差別の違いを考えずに何でも差別だと決め付けてしまいがちです。 「区別」と「差別」は同じ意味でしょうか?
国語辞典によれば、
 「区別」は、「違いによって分ける」「区分け」「けじめ」
 「差別」は、「差をつけて取り扱うこと」「わけへだて」となっています。
人権を考える場合は、次のように考えてください。

「区別」とは、
十人十色といわれるように私たちはそれぞれ違った個性や能力をもっています。
区別とは、「男と女」「黒人と白人」「日本人と朝鮮人」といったように違いを表しただけのことで、地域生活においても、それぞれに違った特色が備わっている状態を言います。
そこには、不当性不利益性を被る関係がない状態を表します。
従って、就職応募者に採用試験を実施した際に、会社が必要とする職種について能力や適性、試験の成績を総合して、上位から採用していくことは「区別」になります。

「差別」とは、
「本人の努力によってどうすることも出来ない事柄で不利益な扱いをすること」をいいます。
「出身地」「職業」「学歴」「性別」「家柄」「民族」などによって、上下の値打ちをつけ、その人や団体の自由や権利を無視、侵害するなど不当性、不利益性を被る関係が生じることをいいます。

(2)差別発生のメカニズム
差別が起きるのは、人々の心の内にある予断と偏見に起因するといわれています。

『予断と偏見』

「予断」とは、
前もって判断することで、あることに対して、事実を確かめないで自分のもつ過去の経験、知識、記憶などの範囲で判断することです。自分のイメージにあう場合はその事実を好意的に受け入れますが、合わない場合には否定してしまいます。

「偏見」とは、
ある種の集団や対象に対して、何ら合理的な根拠なくして、人々が示すステレオタイプ化した非友好的な態度や考え方をいいます。
ある集団に属している人を一人ひとりの個性や特性で見るのではなく、集団をまるごと否定的に見てしまうことです。例えば 「ユダヤ人はお金にきたない」「黒人は怠け者」「同和地区出身者はこわい」など根拠に基づかない考え方などがあげられます。
誤った予断や偏見の度合いが強くなると、差別意識となり、これが行為として現れた場合が差別となります。
また世間体意識や旧来からの因習や迷信によって差別意識をもつ場合もあります。

(3)日本社会特有の人権問題

同和問題とは部落差別の問題です。日本の歴史過程において身分制度に基づく差別により、日本国民の一部の人々が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても差別を受けているという問題です。
人は、生まれながらにして自由、平等であり、幸せで健康に生きる権利を持っています。国民として当然保障されているはずの現代社会の当たり前の原理である市民的権利と自由、つまり、同和地区の人々が同じ日本国民でありながら、民主主義社会といわれる今日でも結婚差別・就職差別で悩み苦しんでいるという深刻にして重大な社会問題なのです。
1871年(明治4年)の「解放令」によって身分制度が廃止された後も、部落の人々に対する差別は社会の不合理と結びつき解消されず、さまざまな形で残され、再生産されてきております。

長い間、日本社会で暮らしてきた在日韓国・朝鮮人の人たちに対する差別や偏見が、日本社会に根強く生きており、人権を侵し、苦しめている問題があります。
それは、民族、国籍の違いを口実に社会制度や意識面において象徴されています。就職差別・結婚差別・入居差別・差別落書き・民族衣装や民族名へのいやがらせ、いじめなどに現れています。これは、日本の朝鮮における植民地支配と日本国内での在日韓国・朝鮮人政策のあり方に起因するもので、植民地支配による蔑視感や第二次世界大戦後の法的地位変遷に伴う制度的な差別、あるいは日本政府の大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国に対する外交政策のあり方がその時代と情勢に応じて複雑に絡み合いながら、差別的な観念・意識 ・制度を含めて拡大、再生産している社会的、政治的な問題です。

(4)諸外国における人権問題

国内には、深刻な社会的差別の問題として、「部落差別」「在日コリアン差別」「アイヌ民族差別」問題などがありますが、国外にも民族や制度をもとにした差別があります。代表的なものを挙げてみますと、

1948年以来、(南ア)が実施してきた人種隔離をもとにした人種差別政策がありました。 国内の15%の白人の既得権を守るため、70%を占める黒人の基本的な権利と自由を奪 い、差別する法制度です。黒人の政治参加は許されず、何百もの抑圧的な法律や規制に縛 られていましたが、1991年、南ア政府はアパルトヘイト政策の終了を宣言しました。
しかしながら、差別の実態は依然として残っています。

インドのヒンズー教特有の階層制度として、カースト制度があり、今もって社会生活に重 大な影響を与えています。バラモン(僧侶)、クシャトリア(王族・武士)、バイシャ(庶民)、 シュードラ(奴隷)の四カーストを基本に、その他数千のカーストに分化し、カーストの 違いはそのまま職業、居住地域、身分の違いを意味し、カースト間相互の上下関係・排斥 関係は厳しいものがあります。 これらのカーストに含まれない、人間外の民として差別さ れているのが「不可触民」(アンタッチャブル)で「指定カースト」とよばれています。
インド全人口6億7千万に対し1億5百万人存在しています。

民主主義の国アメリカにも激しい人種差別があります。1960年代アメリカ国内最大の社会問題として、白人優越社会に対し黒人の自由・平等を旗印に解放運動が盛んになりました。
当時の社会的な差別として、黒人の選挙権の制限やホテル・乗り物・教育施設などの公衆施設で条件さえ同じであれば黒人用、白人用と分離しても差別ではないとされ黒人は社会生活 から一層、隔離・分離されていました。
これらの施策が憲法違反であるとされたのは、1954年(最高裁ブラウン判決)であり、 これによってようやく差別撤廃のための具体的根拠を黒人解放運動は得たと言えます。

ユダヤ人に対する迫害は、2世紀にユダヤ王国がローマ帝国に滅ぼされたことに始まります。国を失ったユダヤ人は、ヨーロッパや西アジア各地に分散しました。
4世紀にローマ帝国がキリスト教を国教とし、ユダヤ教を信仰するユダヤ人は異教徒として、 各地で敵視・迫害の対象となり社会的差別を受けるようになりました。
13世紀以降、ヨーロッパではユダヤ人であることを識別するために黄色バッジ・赤い布・識別しやすい帽子の強制着用や居住の自由を奪われ、土地購入の禁止などが規制され、更にはキリスト教に改宗しない限り、財産没収・追放・虐殺の対象となりました。
今世紀では、ヒットラーのユダヤ人虐殺は600万人にも及ぶと言われております。
現在でも陰険な形態でのユダヤ人に対する悪感情・偏見・差別意識はあり、各国でのユダヤ人教会・商店・墓標などに対する落書き、迫害は後を絶たない状況があります。
同じような民族差別としてロマ民族に対する差別があります。
ロマは日本では「ジプシー」と呼ばれています。これはヨーロッパで、ロマがエジプト人であると考えられていたことに由来する名称です。他にもボヘミアン・ツゴイナー等ヨーロッパ人がロマの出身地をさまざまに想定してつけた名称があります。
ヨーロッパを中心に移動生活をする民族をひとまとめにして「ジプシー」と呼んだり、住所や職業を転々と変える人を比喩的に「ジプシー」という言葉が使われてきました。
この「ジプシー」という名称は比喩的に悪の代名詞(盗人、不潔感、怠け者)として使われる侮蔑的・差別的意味を含んでいます。
ロマはインド北西部発祥の民族で15世紀前半にはヨーロッパ中央部にたどり着き現在は広く世界各地に住んでいます。「異教徒」として早くから差別と迫害の対象となりました。歴史的に非定住生活は民族の「習性」なのではなく、社会的差別の結果余儀なくされた生活様式なのです。「異教徒」であるがゆえ国外追放や捕らえられると「犯罪者」として極刑の対象となった悲劇的な歴史がありました。
その結果が国から国へと逃亡生活を繰り返さざるを得なかったのです。
これが「ジプシーは放浪の民」という根強い偏見を生み、ロマ人の定住を拒絶する排他主義 に直結していると考えられます。
現在も追放や隔離、襲撃などの差別事件は後を絶たず、民族としての保護もなく、生活・福祉・教育・職業など不利益を受けていますが大半のロマ人は都市に定住しています。
従って、ロマ人を放浪民族として「ジプシー」と呼ぶことは事実に反しています。
「移動生活者=犯罪者=ジプシー」という強い偏見はなくしたいものです。

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