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見聞

井深 八重〜 ハンセン病罹患者の看護に生涯を捧げた「病者の母」(最終回)

◆ 一粒の麦

正面は当時八重が洗濯をする姿
 ▲ナイチンゲール記章を胸に

 八重は、患者への献身的な看護を認められ、さまざまな表彰や評価を受けます。いくつかを紹介すると、八重は1961(昭和36)年、世界の看護婦に対する最高の栄誉である「フローレンス・ナイチンゲール記章」を受賞しました。また、1975(昭和50)年には、米国の週刊誌「タイム」に「マザー・テレサに続く日本の天使」と紹介されました。

 1976(昭和51)年、八重はハンセン病患者の福祉向上に尽くしたとして、朝日社会福祉賞を受賞します。授賞式での八重の挨拶の様子を、当時の新聞は「らいに対する偏見の根強い時代から、らい者と共に生きた自らの労苦の歳月については一切ふれず、世に知られることなく献身の一生を終えた恩人たちの徳をたたえる井深さんの謙虚さに、列席者たちはうたれた」と書いており、八重の人となりがうかがえます。

 1989(平成元)年5月15日、八重は「お世話になりました。神様の待っておられるよいところへ行きます。喜んで・・・・・」と言い残し、92年の生涯を終えました。その日は、奇しくも神山復生病院創立100周年記念日の前日でした。

  「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん。もし死なば、多くの果を結ぶべし」、八重は聖書のこの言葉を座右の銘として、生涯にわたり実践しました。

 神山復生病院の近くに眠る八重のお墓を訪ねると、八重直筆の「一粒の麦」と刻まれた墓碑が、訪れる人を静かに迎えてくれます

◎協力・写真提供 財団法人神山復生病院 復生記念館

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