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クローズアップ

露の新治 「新ちゃんのお笑い人権高座」 (4席)

部落差別を教えられ

 僕の育った所は部落はありません。当然解放運動も同和教育もありません。何にもなかったんです。ならばそれでええかというと一つだけ、差別だけあったんです。それは僕の周りの親も含めて、大人の頭の中にきっちりつまっていました。それがたまにポロッと出る。それを子供が聞くのです。聞いてきっちり覚えてしまうのです。それは「その事」を語る時の大人の表情が変にリアルだからです。『ヨツ、エッタ』などの言葉もそのうっとおしそうな表情、語り口と共に記憶されました。僕らに気づくと、大人は必ず「子供が知らんでええことや、向こうへいっとき!」と言いました。これは完全に逆効果です。「子供は知らんでええ」と言われるぐらい、子供にとって学習意欲をそそられることはありません。いらんことをきっちり覚えてしまいました。罪なことをしてくれたもんです。 子供にとって、周りの大人があんな表情でしゃべったら、なんでも「怖いもん」になってしまいます。それこそチリメンジャコでも子供が知らん間は脅しに使えます。「こらッ!そんなことしたらチリメンジャコが噛みにくるで!」「お父さん、何という恐ろしいことを、子供の前でチリメンジャコやなんて」。これでチリメンジャコは怖いもんになります。次からは「こらッ、早よ寝んとチリメンジャコが来るで!」これで充分に脅せます。もちろん子供がチリメンジャコの何たるかを知らん間にしか効き目はありません。「こらッ!チリメンジャコが・・・」「お父ちゃんこれか?」と出されたら、もうあきません。「そ、そうやカルシウムはきちんと摂りや」情けないことになります。
 チリメンジャコはともかく、昔の親はよく子供を脅かしたもんです。雷はおへそを取ったし、サーカスに売られそうになったり。みんなでたらめです。昔の雷はおへそを取ったんです。けど蚊帳で防げたんです。だったらゴルフも蚊帳をつってやったらいいんです。そこでできたのが「打ちっぱなし」というのはうそっぱちです。うちは、おばあちゃんが必死で蚊帳をつりました。それを見たらとても疑うなんてできません。今思えば雷が怖かったのではなく、必死で蚊帳つるおばあちゃんの形相が怖かったんです。同和地区もそうです。だいたいどこに地区があるのかも知らんのです。語る大人の表情がうっとおしかっただけなんです。全てはリアクションです。おばけ・幽霊の話をする時、おばけ・幽霊の顔はできません。怖がっている顔をしてみせて恐怖を伝えます。つまり演技なんですが、やる方が本気なので強烈なインパクトで伝わるんです。
 同じ様にしてだまされたのが「ことりのおっさん」(子捕り)つまり人さらいのことです。もちろん単なる脅かしです。原っぱで遊びに夢中になり帰りが遅くなると母親が叫びます。「早よ帰ってこんと、ことりのおっさんに捕まるでェ!」皆飛んで家へ帰ったもんです。何遍脅かされたことか。一遍も来たことありません、ことりのおっさん。関東の人はほんまに知りはらへんですなァ、ことりのおっさん。横浜で話をしたら「ことりのおじさんて何?」と真顔で聞かれました。「何やと思う?」と逆に聞くと、しばらく考えて「わかった!日本野鳥の会の方でしょう」「そうそう紅白歌合戦で最後に出てくる・・・・なんでやねん」思わず突っ込みを入れてしまう程大ボケをかましてくれました。
 サーカスも怖かったんです。「ゆうこと聞かん子は、サーカスに売ってしまうでェ!」職業差別です、これは。サーカスのおっちゃんが聞いたら怒りますよ。「サーカスに売られたらなァ、朝晩牛乳ビンで一本ずつお酢を飲まされるねんで、それで骨グニャグニャになって、曲芸の稽古させられて、うまいことでけへんかったらムチでピシーッ、ピシーッやで」(お母ちゃん、そら猛獣ショーやがな)サーカス怖かったです。また酢で骨が軟らかくなるというのもまちがいですわ。当り前です。骨が軟らかくなったら大変です。なのに中学生でクラブの先輩に言われて酢を飲んでる子けっこういました。あの頃体の弱い子は養命酒を飲むのがトレンドでした。体にはいいでしょうが、酢で骨は絶対に軟らかくなりません。なんでそんなまちがいが広まったのか、僕は「アジの南蛮づけ」が問題やと思います。魚の酢づけは骨ごと食べられる、ならば酢を飲んだら骨が軟らかく.....なりません。なんという拡大解釈、なんというおっちょこちょい。けどその時は信じてたんです。正しい事を知らされて初めてまちがいに気づいたんです。
 たいていのことはわからして貰ったんですが、唯一「部落差別」だけは誰も正してくれませんでした。それで大人になるまで持ち越してしまったのです。それも初めは漠然としたイメージでしたが、長ずるに及んで次第にリアルなイメージになってきたのです。けど真実は何も知らず、どこまでいってもイメージだけでした。そのうちに初めは「誤った情報によるイメージ」でしたが、いつの間にかそれが「感情」になってしまっていたんです。部落を好きか嫌いかといえば嫌いになっていました。だから「同和問題」を知ろうとも学ぼうともしなかったのです。いったん感情になってしまうとこれはなかなか直りにくいものです。好き嫌いは理屈を越えますから。食べ物の好き嫌いと同じです。例えば人参を嫌いなお母さんは「人参が体に毒や」と思って嫌っているのではありません。それなら毒でないことを知れば、すぐに直るわけです。体にいいことも知ってるし、家族にも食べさす。けど「私は嫌いです」というのが一番厄介なんです。
 人のことは言えません。僕も「いちじく」と「このわた」をよお食べません。いちじくはテレビのレポーター役で食べた時NGを出した程です。帰って母親に「いちじくでしくじってなァ、なんであかんねんやろ」と聞くと「あんた小さい時、よお浣腸したからなァ」。いちじくのぬれぎぬは四十年ぶりに晴れました。このわた、これは近所のおっちゃんが食べてるのを見て、食べられんようになりました。僕らが見ていると、頼みもせんのに説明してくれます。「これはな、このわたというてナマコ、知ってるか?あのナマコの腸や、中に入ってるのはナマコのウンチや」(なんでそんな事を!)。昔はわざと汚い事を言って、子供をびびらせたり、女の人に「イヤア」とか言わせて喜ぶ情けないおっさんがいたもんです。サザエの壷焼きを食べる時、うまく回しながら抜くと先っぽの青黒いとこまできれいにとれる。それを食べるのは勝手ですが、一言いらん事を言うのです。「あんたら一番おいしいとこ食べんでどうすんねん、サザエはなァこのクソのとこが値打ちやがな、ガハハハハ」(黙って食え!)。このおっさんがこのわたをすすり込んだ。僕らは何とも言えん緊張感で見守っていた。なんとその時このおっさん、くしゃみをしたんです。これは悲惨でした。ヘーックション!同時にこのわた、おっさんの鼻の穴からズルーッ(うわあああ!)。以来このわたを食べられません。考えてみたら、このわたは一つも悪いことありません。すすられて上がり、くしゃみで鼻から降りてきただけです。いちじくも、このわたもぬれぎぬです。食べ物なりゃこそ笑い話で済みますが、これが人間に対してええかげんな情報で勝手に悪くイメージし、事実を知ろうともせず、食わず嫌いのままにしておく。する方は気楽やけども、される方はたまったもんやない。無知とか物の見方の狭さなんて、本人が損をするだけやったらほっといてもいいんですが、偏見を持たれる人が計り知れん程迷惑するので、やっぱりこの”食わず嫌い”を改めて貰わな仕方がないのです。その為にはほんまの事を知るのが一番で、知ればまちがいは正すしかないわけです。
 僕らにとって大切なのは、真実の前に素直になるというごくごく当り前のことなんですが、こと差別となると頑固になってしまうんですね。僕にとって同和問題の難しさはまさにこの部分の僕の心の難しさであって、難しい同和問題が目の前に横たわっているのではないのです。当り前の事を当り前に捉える事のできない僕、こいつがほんまに難しい。

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