私たちは企業の立場から人権の輪をひろげるため、人権に関するさまざまな情報を発信しています。

クローズアップ

露の新治 「新ちゃんのお笑い人権高座」 (1席)

露の新治

●プロフィール

1951年大阪市生野区生まれ。
元来、落語家になりたかったが「芸人はかたぎの仕事ではない」とのこだわりから、サラリーマンや家業の手伝いをするが、奈良の夜間中学設立に関わり、「やりたいことをやるべきだ」と教えられ、26歳で落語家となる。

78年、林家染三師に入門、林家さん二となる。
83年、露の五郎師に入門、露の新次となる。
91年、露の五郎師に入門、露の新治と改める。

落語はもとより、お笑い人権高座、学校寄席、出前寄席、フリートーク等、口先笑売はおまかせ。今が旬、のってまっせ!!

 「人権の新ちゃん」こと露の新治さんは、これ迄に同和間題、いじめ、在日韓国・朝鮮人間題等差別と人権の間題を、自らの 体験に墓づき、熱く語ってきました。
 今回はそんな露の新治さんに、「新ちゃんのお笑い人権高座」と題して、寄稿していただきました。

笑ふ門には...

 新治でございます。笑ふ門には福来たる。笑えばおなかもすきますし、血の循環が良くなりストレスもとれる。血糖値が下がってシワもとれます。笑うとシワが増えるというのはまちがいやそうで、むしろ顔の筋肉がほぐれてお肌にいいとのことです。それでも寄席なんかで「いやァ、新ちゃん笑わすからシワ増えたやないの」とおっしゃる方がいます。ほんまかいな?と拝見するんですがどう見ても昨日今日できたシワやおません。「奥さん、そら前からのシワでっせ」と言って怒られたことがあります。とにかくニコニコ、笑顔で暮らせるというのは心身にトラブルが無い証拠。病気や災害また爆弾が落ちてくるような所では笑ってられません。笑えるということは、一応命と暮しが守られている事やと思います。いつまでも笑いの絶えない家庭、ご近所、世の中であってほしいものでございます。
 最近「やさしさ」「ぬくもり」「うるおい」「ふれあい」あるいは「共に生きる社会」など地域社会づくりの耳ざわりのええコピーがあふれています。それだけ地域のつながりが切実に求められているという事ですが、そう思うんならまず自分からできる事をしたらいいんです。まず身の回りから笑顔のおふるまいをお始めください。僕はささやかにやっております。家の前にバス停があるんですが、新興住宅街のせいかあまり笑顔で挨拶を交していません。寂しいなと思ったんで、自分から声をかけてみました。 「おはようございま〜す」。お年寄りが一番反応がいい。朗らかな声が返ってきます。あかんのが若い子。照れくささもあるんでしょうが、近所の大人としゃべる事が少ないのでしょう。これは若い子の責任ではなく、若い子に声をかけなかった我々中年の責任です。そう思うからこそ努めて声をかけてます。すると男の子はたいがい「フワァー」とハゼみたいな口で生返事。女の子に至っては下を向いてしまうありさま。それぐらいでめげる新ちゃんではありません。「恥ずかしがらんと顔上げなさい。くどいてんのとちがうで。ご近所どうし爽やかに挨拶するのはええことや。ハイ、おはようさん」こんこんと言ってやります。周りの者も冷たい。「新治さんバス来ましたよ。それぐらいにしてあげなはれ」と助け舟を出す人はいてまへん。皆「あ、今朝はこの娘が犠牲者やなァ」と乗って行ってしまいます。それだけかましといたら次からニコッと笑顔で挨拶してくれると思ったら甘いでんなァ。僕の顔見たらパッと物陰に隠れよります。(お前はアナゴか?)親はちがいまっせ。娘つれて「えらいすみませんでした。ええ年して挨拶一つよぉしませんねん。けどご近所にこんな立派な方(注:新治のこと)がいてくれてはるので助かります。これに懲りんと娘のご指導よろしくお願いします。あのお、これつまらんもんですけど、皆さんで召し上がって......」と物もって礼に来る親......いてまへんなァ。(どないやねん?)
 大阪に住んでる時は良かったです。下町ですからふれあいが過剰な程ありました。一歩表へ出ると声がかかります。「いやァ、お出かけですかァ」見てわからんのかと思いますが、当り前の事を聞くのがおとなの会話、逆らわへんと「ヘェ」と言うと、「どちらへお出かけ?」ここで具体的に答える必要はありません。「ヘェ、ちょっと」これで納得するからおもろいもんで「ヘェ、ちょっと」「いやぁ、よろしいなァ」何がええのかわからへん。とにかく笑顔でも声かけでも「思うんやったら自分から、できる範囲で無理せんと、けど本気で」このスタンスを僕は大事にしています。

戻るホームに戻る