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塩見 鮮一郎 「東京の同和問題と浅草弾左衛門」 (その1)

塩見 鮮一郎

●プロフィール

1938 岡山市生まれ
1963 岡山大学文学部卒業。河出書房新社編集部を経て、現在、作家
【著書】
「浅草弾左衛門」「弾左衛門とその時代」「作家と差別語」など多数
【映画】
「いぶき」「もっとフレンドリーに」「ふれあいの門」「道」「三人兄妹」「東京の同和問題」などの制作に関わる。

熱血漢の大熊監督との出会い

 3、4年前に映画監督の大熊照夫さんにはじめて出会いました。東京の部落の現状を、はっきりと映画に表現したいということでした。

 東京駅の近くでの会議の後、東映の社員も含めて一緒に飲んだときのことです。時間が過ぎるにつれてみんな酔っぱらって、話が弾みいろいろな議論をしました。大熊さんは東映の人を掴まえて、「会社のもうけを、映画のフィルムとか現場の経費に回すべきではないか」などと延々としゃべりだしたのです。まわりはもう面白いというより、ぴいんと緊張してしまい、いささかびっくりでした。なかなかの情熱家というか、熱血漢というか、そういう監督です。

挿絵  この映画の時も、私は出来れば穢多頭という言葉を使いたくないという気持ちがありました。自分が書いた本の中では、非人頭なども含めて、必要に応じてその言葉を使っていますが、実際その言葉を聞いて、被差別部落出身の人や活動している人が、嫌だなという感じを持っていることが、なんとなくわかります。そんな経験をしているので、映画では出来るだけ使わないようにしたいと思っていました。しかし、熱血漢の大熊監督は、それをそうとはっきりいわなければ、この映画を作る意味がないと言われて、結局映画では「穢多頭・浅草弾左衛門」ということで、監督に激励されながら解説者として出演することになりました。

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