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クローズアップ

田中 正人 「路地裏の人権」 〜からかいの文化と人権 (その4)

“路地裏”にある教材

 人権は分厚い教科書、学術書を取り出さなくても、“路地裏”にいくらでもあるものなのです。なぜならば、“路地裏”にこそ、不特定多数の人間が生きているからです。
 しかし、昨今は、他人の意思表示・存在を無視しても、会釈さえない風潮がまかり通っています。「自分がやりたいこと」の優先がきわめて目立っています。私の「恐れ」です。
イメージ  一方で、人権諸規則、事例、歴史についての知識はすさまじいものがあります。人権の講演会、研修会は花盛りだし、研究も熱心です。しかし、一歩、研修会、勉強会の外へ出たら知識はすべて”頭の中”にしまわれていないでしょうか。指摘されるか、よほどのきっかけがあって初めて”頭の中の教科書”が開かれる状態になっていないでしょうか。
 人権意識が感覚の一部になっていなければ、目の前で人権侵害が行われても、気付かずに通りすぎてしまいかねません。
 いい例が、人権教育が行われている教育現場の同じ屋根の下で、差別の代表的ないじめが、頻繁に行われていることです。あるいは、自称・人権尊重派が、カミシモを脱いだ“路地裏”で「長年の癖である」差別的、偏見的言動を無意識に行ってしまいます。
 ある作家が「士農工商アッシー君」という典型的な部落差別表現をしました。「アッシー君」というのは、送り迎えするだけの「足代わりの恋人」という意味ですね。どうせ、本命の恋人ではない、というつもりなのです。
 なぜ、わざわざ「士農工商・・・」というのでしょう?「アッシー」を卑下するだけなら「どうせおれは・・・」でいいはずです。心のどこかに、「士農工商・穢多非人」と差別してきた被差別部落・出身者への社会の偏見が残っているのです。自らの意識もまた、それに何の疑問も持たずに慣れてしまっているのです。で、無意識に出たのだと思います。
 この「無意識の慣れ」が問題なのです。というのも、この作家は日ごろ、部落問題の精通者だったのです。差別を憎む著作もありますし、講演もこなしていました。それなりの「部落差別撤廃論者」だったのです。
 あえて言うなら、彼の人権感覚はあまりにも知識に集約されていたのでしょう。人権、差別に関する知識は確かにものすごいのでしょうが、それがほとんど「頭の中の教科書」にしまわれたままだったと言うことでしょう。
 もし、部落問題の講演会とか学習の場とか、人権に関する場だったら、「頭の中の教科書」が開かれています。彼の口からは絶対に差別表現はでなかったでしょう。しかし、差別表現した所は、人権とはなにも関係のない場でした。「頭の中の教科書」は閉じられたままです。だから無意識に出たのだと思います。
イメージ  同じような人権感覚が、日本社会にはびこっています。
 人権知識はあるのです。しかし、「頭の中の教科書にしまわれたまま」なのです。血となり肉となって、身体に身に付いていないから、何気なしに行動したり、話したりするときには、「人権知識抜き」の言動になってしまいます。つまり、「本音」に人権が意識化されていないのです。
 見ず知らずの不特定多数の人間が集まる“路地裏”でこそ、それぞれの人権感覚が一番問われるのです。意識として慣れになっている普段着の人権感覚があってこそ、人権が尊重される社会が醸成されるのです。

次回に続く

  • ちょっとした会釈のうすれた社会

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