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田中 正人 「路地裏の人権」 〜からかいの文化と人権 (その3)

社会習慣…「からかいの文化」

イメージ  そうだとすると、表現・言葉に、被差別者や障害者たちのことをおもんばかった気配りが無いのも、不思議ではありません。最初から、そうした弱者をあげつらい、マイナスのたとえ・ことわざに使ってきたのですから。
 「つんぼ桟敷」「盲滅法」「群盲評象」など、障害をあげつらった言葉が、いまでも堂々と?日本語になっています。中には、初めは差別的ではなかった言葉が、障害者への差別が慣習になり、偏見をもって使われてきたため、いつしか差別的になったものさえあります。「めくら」などはその一つでしょう。
 つまり、「からかいの文化」です。文化は立派なものとは限りません。誇れませんが、社会慣習になっている「からかい」は厳然とした文化なのです。
イメージ  私は元来、「人間性善説」主義ですが、最近は危惧を感じています。“悪しき慣習”が、広がりつつある、との恐れが消えないのです。一つの証拠が「腹立ち」「不愉快」が身近な社会に頻発してきている、のです。
 自分の「意思表示」、「存在」を無視されたときの不愉快さ、腹立ちこそ、人権を考える基本です。「割り込み」なんかが恰好の例です。きちんと待っている、あるいは運転しているのに割り込まれる。実に不愉快です。
 「存在」と「意思表示」は人権そのものです。何かしていてもしていなくても、その人の「存在」です。やりたい、やりたくない、という「意思表示」は一人の人間が生きているそのものです。例えば、割り込まれるというのは、その自分の人権を軽視されることです。だからこそ、腹が立ち、不愉快感が広がるのです。
 「無性に腹が立つ」時は、ほとんど自分の人権が軽んじられた時です。

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