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田中 正人 「路地裏の人権」 〜からかいの文化と人権 (その1)

田中 正人

●プロフィール

 1968年早稲田大学(法)卒業後に、読売新聞社へ入社、八王子支局、社会部、中部本社などを経て、1988年東京本社の解説部へ、現在解説部の次長。新聞を中心にマスコミで幅広く活躍されている。
 著書に「路地裏の人権」(明石書店)・「識字」(明石書店共著)等がある。

「法定犯」・「自然犯」

イメージ  人権って、なんでしょう?ちょっと、たとえ話をしてみます。

 現在、国内の都市のほとんど隅から隅まで、駐車違反区域です。いたずらに車を止めておけば、どこでも駐車違反になってしまいます。しかし、道路交通法がなかったらどうでしょう?
 道交法が施行された昭和36年以前ならどうだったでしょう?普通ならどこに駐車しても、違反にならなかったはずです。

 この違反を便宜上、犯罪としますと、こういう犯罪を「法定犯」といいます。
「なんらかの行政上の目的のために定められた法律」に違反する犯罪、という意味です。つまり、法律があれば違反になるのです。なければ、犯罪でなくなるのです。

 では、泥棒はどうでしょう? 法律がなかったら犯罪ではないのでしょうか?
 人を傷付けることは? 放火は? 殺人は?
 どれも、法律があろうがなかろうが、けしからんことです。法律があろうがなかろうが、悪です。こういう「法律があってもなくても、けしからんものはけしからん」という発想の犯罪が「自然犯」です。

イメージ  自然犯とは? 「大自然の掟」からきています。人間が生き、暮らす大自然。その文字どおり自然の掟です。誰が決めたわけでもないのです。強いて言えば、自然界の摂理、条理が定めた掟と言っていいかも知れません。
 理屈を抜きにした「掟」です。
 人としてやってはいけないことが「自然犯」なのです。

 人権とは、まさしくこの「自然犯」に類する考え方のものです。
 規則、定め、法律……などで価値が左右されないものです。法律があろうがなかろうが、けしからんものはけしからん、のです。
 大自然の掟なのです。
 もっと卑近な言葉で言えば「なんの理由もなく、他人からめちゃくちゃにされないこと」「何のいわれもなく他人をめちゃくちゃにしないこと」、これが基本なのです。
 どんな人権についても同じです。ミャンマーのスー・チーさんの軟禁事件でも、身近な学校のいじめでも皆同じです。みんな「いわれもなくめちゃくちゃにされた」出来事です。

次回に続く

  • 圧倒的多数の「同一・均一」集団

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