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クローズアップ

ジェフ・バーグランド
「異文化コミュニケーションにおける人権と差別」
(その1)

●プロフィール

ジェフ・バーグランド
帝塚山学院大学教授
(財)大阪21世紀協会企画委員

<<略歴・プロフィール>>

生年  1949年4月6日アメリカ合衆国南ダコタ州生まれ
学歴  1970年同志社大学留学を経た後ミネソタ州カールトン大学卒業
経歴  大手前女子学園教授を経て帝塚山学院大学人間文化学教授(現職)
その他 NHK教育テレビ「きらっといきる」、テレビ大阪「満点!アイ」他多数のテレビに出演
著書  「古都殺人まんだら」光文社
「さくらんぼに見えた梅干し−日本人なに考えてんねん−」青心社
他英語教材多数執筆

 人権を尊重するといいながら、私たち人間は無意識にさまざまな差別をしている。ここでは異文化コミュニケーションという学問を通して、差別を分析し、差別のしくみを明確にしていこうと思う。そのしくみを意識することによって、差別が減っていくと私は信じている。
「性差別」「年齢差別」「人種差別」などどれも同じことで、一人一人を見るのではなく、一つの文化グループとしてまとめて排除する、つまり差別をしているのだ。なぜ一人一人の個性や才能を見ずに、文化グループをひとまとめにして勝手な判断をして差別をするのだろうか。

「引き金」を引いてしまう自分を知ろう

 まず、差別という英語には(Discriminate)という動詞と(Discrimination)という名詞があるが、この英語の意味は日本語の差別よりも幅広い使い方をする。
 たとえば、ワインが好きで、そのワインがどの国(地方)で何年物であるか飲んでわかる人がいるとする。その人はDiscriminationの強い人と 言う。日本語で言うと「違いがわかる」とでも言うのだろうか。直訳すれば「識別できる」人。おいしいもの、まずいものがはっきりわかるのが一つの Discrimination。
 だから、A man of Discriminationというと「非常に繊細な人」という意味になる。
 たとえば、音楽、美術、建築物、食べ物などに対していいものを良く知っている(本物と偽物の区別ができる)ということである。「人種差別」や「性差別」 のときにも使う。基本的にこの言葉の意味は、「五感に入ってくる情報を収集して頭の中で処理していく。その段階でランクづけをしていく」ということにな る。
 たとえば、道を歩いているとする。そのとき、いろいろな情報が入ってくる。洋服が身体に触る感触、足が地面を踏むときの感触、また目に入る情報として、 建物、電信柱、道、空、明かりなどさまざまなものが見える。耳から入る情報としても、人の声、車の音、自転車の音など。ニオイの情報もある。
 仮に、車が後ろから接近してきたとする。そのときの車の音などからかなりスピードを出しているのが五感の情報から判断できるとする。その場合、他の情報 よりも今はこれが一番大事だとランクづけをして、振り返って自分の身に危険があるかどうかを確認する。

 これは、ロバート・チャルディーニが書いているのだが、彼は「Click−Whirr」という言葉を使っている。これはテープがカチッと回り始めるとい う意味。彼は、「私達の意識の中にテープがたくさん入っている」と言う。「振り返って確認しなさいよ」というテープもあって、後ろから車の音がした場合、 Click(スイッチが入る)Whirr(テープが動く)というわけである。
 これは、生物学で動物の反応を試すときに使われる「Fixed Action Patterns」という考え方だが、こういう状況には、必ずこういう動きをするというパターンがある。
 たとえば、雄のコマドリは、別の雄のコマドリと出会うと必ず攻撃をする。さまざまに情報を処理して生活していく中で、遺伝子に組み込まれている行動のパ ターンであるが、その行動を起こさせる「trigger Feature(引き金)」が必ずある。コマドリの場合は、雄の赤い胸を見たら攻撃するようにイ ンプットされている。雌は胸の色が違うから攻撃しない。
 人間も同じことで、さまざまに飛び込んでくる情報を、一つ一つ意識をして選別していたのでは間に合わない。遺伝子に組み込まれたパターンと「引き金」が作用するから、考え事をしながら歩いていても、車の音に反応するのだ。

 また別の例として、人は買ったことのない物、たとえば骨董品などを買うときに、何を基準にして、いい物かどうかを判断するか、というのがある。
 結論から言えば、値段を見て判断することが多いと言えるそうだ。
 チャルディーニの友人に、アメリカのアリゾナ州で土産物屋を経営している人がいた。その店にはディスカウントしても売れないトルコ石の指輪やブレスレット、ネックレスがたくさん残っていたそうだ。

 ある日その友人が、店のアシスタントに「トルコ石の値段を二分の一にして売ってください」とメモを残して、二週間の休暇旅行に出かけて行った。
 しかし、そのメモの字があまりにも汚かったので、アシスタントは二分の一を二倍と勘違いして売りに出してしまった。
 当然、店に入ってくるのは観光客である。トルコ石の値段などよくわからない。しかし、他の店に比べるとこの店のトルコ石は高い。(倍の値段をつけている から当然である)。観光客は「これは非常にいい物だ」と思ったらしい。なんと、すべてのトルコ石の商品が売れてしまったのである。
 やがて、休暇を楽しんで帰ってきた友人にアシスタントが売り切れたことを報告した。「やはり半額にしたからだ」と納得していた友人だったが、実は、二倍の値段で完売していたという事実を知って驚いたという話である。
 つまり、私達はさまざまな情報を収集して処理するときにいろんな「近道=固定観念」が必要になってくる。近道が一つのルールになってくる。英語で言うと Stereo Type。典型、または典型的とも訳されるが、一つのルールとして使う。「高い=良い」これがルールになってきている。同じ種類のものを比 較するときでも、高い物の方が良いと。その延長線上で私達は、自分と違う文化グループの人たちも、一緒にまとめて「近道」的にそのルールをつくって接している。

■固定観念のしくみ ■Ultimate Attribution Error
  (根本的性質の地理違い)

From:Walter G Stephan
    Cookie White Stephan

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次回に続く

「異文化コミュニケーションにおける人権と差別」(その2)
  • 情報処理への「近道」が固定観念を生む

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