
江戸時代の中頃から強まった風俗規制への抵抗運動は各地でみられましたが、その中でも岡山藩の「渋染一揆」は部落民衆の闘いとして知られています。その闘いのエネルギーは後世に受け継がれ、1923(大正12)年に部落解放運動を進める全国水平社が岡山県でも結成された時、その県本部は一揆の中心となった神下村(こうのしたむら)に置かれました。 この渋染一揆は、最近どの教科書でも取り上げています。財政が苦しくなった岡山藩が住民統制のために差別を強め、その分裂支配に対し団結して闘った被差別身分の人々とその倹約令を実施させなかった事例について記述しています。また、一揆に加わった人数や村の数を詳しく記述している教科書もあります。 このほか、中学校教科書(東京書籍)では、「南部藩の三閉伊一揆」や「車連判」など幕末の民衆運動に関する記述もみられます。 |
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