国際社会と日本の人権<シリーズ3>「日本国内での取り組み」

日本は人権赤字国だと言われます。日本の過去の歩みと現状の状況を理解し、今後日本はどう進むべきか考えましょう。

(1)日本の人権の歴史

[1]近 世
日本で人権の概念が形成され始めたのは、近世後期すなわち江戸後期と言われています。 江戸時代には、公家・武士・僧侶・町民・農民などの身分が形作られましたが、その中で被差別民も形成されました。この形成は主に、民衆の意識により作られたものでしたが、江戸幕府もこれを追認する政策をとりました。

この差別政策は、約300年間もの長い間にわたって続き、しかも非常に厳しいものでした。しかし、人々がその不合理に目覚め、色々な手段による抵抗運動や解放運動を重ねるようになり、進歩的な人々による解放理論も出現するなどの状況の中で、強力であった幕藩体制も力尽き、15代将軍慶喜を最後に大政奉還がなされ、日本の歴史の上で大きな変革の時代といわれる明治維新、明治時代を迎えます。

[2]近 代
西洋の近代的な思想や制度も導入され、過去の封建的な思想や制度が批判される傾向も強まる中、1871(明治4)年、新政府は太政官布告、いわゆる「解放令」を発し、身分制の撤廃を宣言しました。これにより被差別部落の人々は一応制度の上では解放されることになりましたが、この「解放」は法律の上で身分制度をなくしただけの、人権思想に基づいていない、単なる形だけのものにすぎませんでした。部落差別を受けてきた人達が、差別や貧困から解放されるために必要な条件整備や保障は何も行われなかったのです。そればかりか、解放令の翌年日本が近代国家になって最初に作った統一戸籍(壬申戸籍)の中には廃止されたはずの古い身分が記載され、被差別部落の出身であるということがわかるようになっていました。

大正時代は、デモクラシー時代ともいわれるだけに、西欧の自由平等や人道主義の思想が一層盛んになり、国民の間にもその様な風潮が広まって人間解放の運動も高まってきました。

1918(大正7)年日本政府が行ったシベリア出兵をきっかけに米商人が米を買い占めたことによる米価格の急騰に、生活に苦しんでいる多くの人々の不満は頂点に達し、富山県魚津町の「主婦」たちが暮らしを守る事を目的として「米よこせ運動」をはじめたことが導火線となり、全国1道3府38県、311市町村に広がるほどの大騒動が展開されました。この米騒動において見逃せない点は、大阪・京都・名古屋・神戸の大都市や、岡山・広島・和歌山など、大きな騒動の発生したところではいずれも被差別民衆が中心的な役割を果たしたことです。この騒動をき っかけに被差別民衆の解放を求める動きは各地で起こるようになり、政府が行う融和政策や部落改善事業を批判したり、新聞に投書してこれまで奪われてきた人権の回復を社会に要求していく者もでてきました。このように、米騒動における被差別民衆の立ち上がりと部落差別への怒りが、全国水平社の創立につながっていったのです。

<水平社宣言>
1871(明治4)年明治維新政府は近世社会の最低身分とされた賤民の身分、職業とも平民同様とする、といういわゆる解放令を発布し、法律・制度の上では差別はなくなったはずでしたが、具体的な施策はほとんどとられず、現実には依然として差別は無くなりませんでした。

そのため、部落差別の解消を目指す様々な思想が生まれ、運動が起きました。特に大正中期の米騒動を景気として、被差別部落の人びと自らが部落差別をなくすために立ち上がったのが1922(大正11)年の「全国水平社」創立大会であり、ここで採択されたのが「水平社宣言」です。この宣言は「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と謳い、日本における最初の人権宣言とも言われています。

[3]現 代
昭和初期より日本は軍国主義の風潮が高まり1931年満州事変、1936年2.26事件、1941年太平洋戦争をへて、1945年敗戦を迎えるに至りました。戦争は最大の人権侵害と言われますが、この間、東南アジア諸国の人々に重大な人権侵害を行い、かつ多くの命を奪うこととなりました。又、自国民に対しても「奉国」「愛国」の名の下に過酷な人権抑圧を行いました。これらの反省を受け、当時としては世界的にも先進的な日本国憲法を制定し、国民の基本的人権を定めました。

<日本国憲法の人権規定>
日本国憲法には、基本的人権について次のように定めています。
まず、前文で「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福祉は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理にもとづくものである」と述べ、第11条は「国民は、全ての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」とし、第12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。また、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」、第13条は「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする」。第14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」と定めています。
(2)日本人の人権感覚
日本の人権への対応は世界の人権状況から大きく遅れています。人権への対応は今から始まるといっても過言ではありません。'95年から始まった「人権教育のための国連10年」、「人種差別撤廃条約締結」など世界では人権問題への取り組みが大きく動き出しています。その背景には国連レベルでの、「人権教育を徹底的に推進し、単に一人ひとりの人権意識を育むというだ けでなく、人権文化を創造し、これで世界を満たそう」の呼びかけのとおり、従来にもまして、 国内・海外の社会全体が「人権」を大きな価値基準として求めている現状があります。 一方では、残念ながら、私たちの社会には「同和問題」をはじめ、「在日コリアン」「性差別」「障 害者差別」など多くの差別がいたる所に存在し、毎日のように不当な人権侵害が報道されてい ます。私たちも、日頃から正しい知識を身につけることからはじめて、「差別をしない、させな い、許さない」人権感覚を身につける必要があります。
ちなみに、総務庁が行った1993年の意識調査で「人権問題としてどのような問 題に関心をもっているか」をたずねたところ、子どものいじめや体罰の問題がもっとも多く8 2.4%、次いで障害者問題69.2%、在日外国人問題45.4%、女性問題40.5%、 同和問題36.1%、アイヌ(ウタリ)問題18.6%という順序でしたが、関西では、同和 問題に対する関心が高く、51.6%と障害者についで3番目でした。
(3)男女共同参画2000年プラン
政府は、1995年9月に北京で開催された第4回世界女性会議において採択された「行動 綱領」などを踏まえ、1996年12月に「男女共同参画2000年プラン」と題する行動 計画を発表しました。

これは、わが国が経済・社会全体の発展度合いを示す人間開発指数(HD I)では、世界第 7位であるのに対し、女性が積極的に経済界や政治活動に参加し、意思決定に参加できる かを測る、いわゆるジェンダー・エンパワメント測定(GEM)では、世界第34位と、HDI との落差が極めて大きいということなどの課題を見据え、このプランにより、男女共同参画 社会の形成の促進をめざしているものです。
(4)「人権擁護施策推進法」
「人権擁護施策推進法」は1996年12月の臨時国会で成立しました。その骨子は、部落問題 を中心的、重点的な課題としつつ、憲法第14条の理念の具体化を図るため人権擁護施策の 推進を国の責務と規定し、差別撤廃に向けた「教育・啓発」や、人権侵害を受けた被害者の 「人権救済」等を検討するため、法務省に人権擁護推進審議会を設置することにあります。

また審議会では「人権教育・啓発施策」は1999年に答申され、「人権侵害の被害者救済 対策」は2002年をめどに答申を出す事になっています。政府は、審議会答申を最大限に 尊重し、法的措置も含め、必要な措置をとることとしています。「推進法」の制定は、日本 の人権政策の本格的確立としての大きな意義を持つものといえます。
(5)「男女共同参画社会基本法」
男女が対等なパートナーとして社会に参画できることを目指した「男女共同参画社会基本 法」が、1999年6月15日に国会で可決承認され、6月23日に公布されました。 男女共同参画社会とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって、社会 のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済 的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」と定義 されています。

政府は、1995年9月に北京で開催された第4回世界女性会議において採択された「行動 網領」などを踏まえ、全閣僚をメンバーとする男女共同参画推進本部(本部長:内閣総理大 臣)を設置する等、男女共同参画社会の実現を目指した、基本法の制定に向けた取組を行っ て来ました。この男女共同参画社会基本法では、「男女共同参画社会の形成は、男女の個人 としての尊厳が重んじられること、男女が性別による 差別的取扱いを受けないこと、男女 が個人の能力を発揮する機会が確保されること、その他の男女の人権が尊重されることを旨 として、行わなければならない」としたうえで、国と地方公共団体に対しては、「積極的改 善措置(ポジティブ・アクション)を含む施策の総合的な策定と実施 」が、また、国民に 対しては、「職域、学校、地域、家庭その他の社会のあらゆる分野において、基本理念にの っとり、男女共同参画社会の形成に寄与するよう努めなければならない」とした、それぞれ の責務が掲げられています。

このほか、国や地方公共団体が今後、施策の策定や実施に当っては、「男女共同参画社会の 形成に配慮しなければならない」としています。これは、法律を策定する場合にも、男性 あるいは女性にどういう影響を及ぼすかを考慮することが必要であることを示しており、ま さに、男女が対等に活躍する環境をつくるための法律と行政の体制が本格的に整ったことを意味しています。






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