ことば・表現を考えてみませんか

解 説 (1)

解説で示されている解答が正しくて、それと異なるものは間違いであるということではありません。人権についての多くの判断には長い歴史、育った環境(風土、家族、先生、友人など)から培われた考えや価値観から導かれるものが多いようです。
  
ことば・表現 響き 解 説
支那チク  日本は終戦まで中国を「支那」と呼んでいたが、当時の中国に対する蔑視感とあいまって、この言葉に強い屈辱感を持つ中国、台湾の人は多い。同様な言葉として「支那人」、「支那そば」なども差別語である。
(アメリカ)
新大陸発見
234  新大陸が「アメリカ大陸」という意味に受け取られるならば、差別表現となる。アメリカ大陸は、本当に「新」大陸なのか、先住民がいたことをどう考えるのか。
 この価値観はヨーロッパの価値観であり、この価値観によって先住民の今日の状態があるのではないか。差別を温存・助長する表現といわれてもいたしかたない。
女、子ども  「女、子ども」という言葉自体は、普通の言葉であり、なんら差別性を含んでない。しかし、この言葉のあとに「の出る幕ではない」、「並み」、「でもできる」という言葉がつくと、能力、力、判断力などの劣ることを直接に、また比喩的に、表したものとなる。ここには明らかに男性上位、女性、子どもを下に、また、劣ったものとして見る意識が潜んでいる。職場の女性に対する「女の子」呼ばわり、「女の子に届けさせます」などは同根である。
ぼけ老人 123  含む、含まないの意見が割れている言葉。行政では、症状を表す場合は老人性痴呆、人を表す場合は痴呆性老人を使用している。新聞、テレビでは問題なしとして使われているが、これからの推移を見ていきたい言葉である。
屠殺場  「屠殺場」は差別語である。使われ方が「手足がもげ、首が飛びさながら屠殺場のように…」などと使われることが多く、この表現は職業蔑視につながる響き。「と場」と言って欲しいという要望がある。「屠殺」は「と畜」、「処理」と言い換える。
らい病  「らい病」はかつて、不治の病とされ、「らい予防法」により患者は社会から強制的に隔離され差別を受けてきたが、実際には感染力は弱く、遺伝することもない。治療方法が確立した後も「らい予防法」は存続し、偏見と差別も続いた。1996年にやっと「らい予防法」が廃止され、偏見と差別の過去を切り離し、正しい認識を持つ必要性から「ハンセン病」と改められた。
群盲象を撫でる
(評す)
 この表現は全体像、大局観をつかめないという意味で用いられている。尾に触った人は細いひものよう、鼻に触れた人は太いロープのよう、腹に触ったら壁のようというように、目の不自由な人を全体がつかめない人の例として扱っており、差別表現である。
《ことば・表現を考えてみませんかのモデル解答》
モデル解答の"モデル"の意味は、言葉・表現にはいろいろな意味合いや考えがあり、ここで示したものはその中のひとつであるという意味です。目安として考えて下さい。

差別的響きを含んでない言葉
2・3・4 人により響きが異なること示している。使うかどうかは、文脈から決めることになる。
差別話・表現



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