ご存じですか

 「アボリジニの人々」

 20世紀最後のオリンピック開催地、オーストラリア。 この巨大な大陸に最初に住みついたのはアボリジニと呼ばれる人々でした。
  ブーメランを知っていますか? ブーメランは砂漠に住むアボリジニの大切な武器の一つです。アボリジニは5〜6万年前に東南アジアから渡来して以来、ほかの大陸からは孤立した形で生活していました。現存する最古の文明を持つと考えられる人々なのです。

 1770年4月、イギリスの探検家ジェイムス・クックがシドニー郊外のボタニー湾に上陸しました。同年8月、クックは大陸の東海岸一帯をイギリス領とすることを宣言したのです。
  1778年にイギリスの侵略と植民地化が行われる前は、オーストラリア大陸にはおよそ300のアボリジニの「部族」集団と言語が存在し、約50万人の人口がありました。しかし1778年の植民地化以来、アボリジニは人種的抹殺の対象とされてきたのです。

 多数の部族が絶滅し、文化の破壊、代々受け継がれた土地の剥奪、離散、不遇、極度の貧困を経験しました。 政府が保護政策に乗り出したのは1920年のことでした。
  白人の影響を排除した土地に保護区を設け、1967年に市民権を与えました。1993年には先住権が制定され、植民開始依然からアボリジニが住んでいた土地の所有権を認めました。
  現在は都市部に住む人達と、遠隔地に住む人達に別れています。白人たちと共存していこうとする人達と、白人の保護から脱却し、自分達だけの世界を築き上げようとする人達です。

  そんな民族の誇りを取り戻すひとつの原動力となるのが芸術作品です。
  かれらは美しい神話の語りべであるとともに、素晴らしい芸術家でもありました。彼等の描く壁画や樹皮画はほとんどがドリーミング・ストーリーを題材にしたもので、先祖や精霊たちの姿が表現されています。

  オーストラリア中央にウルル・カタ・ジュタ国立公園があります。アボリジニは公園内の動植物の管理や、エアーズ・ロックという聖地の管理を任されています。エアーズ・ロックは6億年前に出来たと言われる高さ348メートル、周囲9.4キロメートルの一枚岩でできた赤い丘です。最高斜度が30数度もあるその丘は、鎖場が用意され、観光客が登山できるようになっています。

  聖地ですからアボリジニは登りません。ただ聖地に観光客が登っても良い日を示すのだという事です。

 マルチカルチュアイズムという素晴らしい政策をとったオーストラリアにも、差別の歴史があるのです。

 

参照:「世界のマイノリティと法制化」マイノリティ研究会代表・武者小路公秀
    「個人旅行 オーストラリア」昭文社




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