人権の広場

障害者と社会〜虐待・警察プロジェクト・条例〜(その1)
 
  
毎日新聞社夕刊編集部長 野沢 和弘 (のざわ かずひろ)
●プロフィール
 1959年静岡県生まれ。1983年早稲田大学法学部卒業。毎日新聞入社。津支局、中部報道部、東京社会部。薬害エイズ取材班、児童虐待取材班など。科学環境部副部長、社会部副部長を経て、2007年5月から夕刊編集部長。全日本手をつなぐ育成会理事・「手をつなぐ」編集長。市川市人権擁護委員。
 著書に「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版/生活人白書)、「発達障害とメディア」(現代人文社)、「なぜ人は虐待するのか」「シカゴの夜から六本木の朝まで」「親」(Sプランニング)など。
ポートレイト


虐待される障害者

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▲中学生たちに障害のことを教える - (1)
  <平和で豊かな日本には、もう一つの冷酷な顔がある……>。11年前に毎日新聞で連載した記事の冒頭です。信じられないかもしれませんが、日本では多くの知的障害者が虐待されています。閉鎖的な入所施設ばかりでなく、学校でも職場でも家庭でも地域社会でも。

 私たちが書いた連載記事がひとつのきっかけになり、知的障害者の虐待問題が国会で取り上げられ、権利擁護の制度が少しずつ整備されてきました。それでも虐待はなくなりません。

 数年前、鹿児島県にある「みひかり園」という入所施設で虐待が発覚しました。昼食のとき施設長がハエ叩きを持って食堂を歩き、食べるのが遅い人がいると、横っ面をハエ叩きでひっぱたくということを日常的にやっていた施設です。殴られた人が悲鳴を上げて逃げると、追いかけていき、床に押し倒して顔面を殴りつけたそうです。駐車場にロープで犬みたいに縛り、革の鞄で顔を殴りつける。血を流したり、頭蓋骨を骨折したり、下半身が不随になってしまったり、10年前からそんなことが繰り返されてきたのに、誰も助けてくれないのです。

 職員たちは施設長がこわくて逆らえません。しかし、障害者がけがをして病院に行った時にはこっそり診断書をコピーし、ロープで縛られている障害者を遠くから写真に撮り、いつか救ってやろうと思っていたそうです。過去に行政機関に通報したのですが、なしのつぶてでした。報道で虐待の実態が明らかになった後、法務局が調査に入ったのですが、責任追及は不十分で、虐待も改善はされませんでした。

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▲中学生たちに障害のことを教える - (2)
  施設にわが子を預けている親たちに話を聞きに行くと、「そんなひどい虐待あるはずない」「うちの子は重度なのだから、もし施設がつぶれるようなことがあったらどうしてくれるのだ」と逆に苦情を言われる始末です。取材した若い記者は悩んでいました。

 ある時、地元の新聞社に電話がかかってきました。「例の虐待の件で詳しい話が聞きたい」。記者はまた抗議されるのかと思って、指定された喫茶店に行くと、いかつい顔をした大柄な男性が待っていました。「駐車場につながれて叩かれて泣いている障害者の写真が新聞に載っていたが、それを見せてくれ」。おそるおそる記者が写真を見せると、その男性は凍り付いたようになり、持っていた手帳で写真を隠し、体を震わせて泣き出したというのです。心配する記者に男性は声を絞り出しました。「これはおれの息子だ」

 しかし、男性はすぐには立ち上がることができず、うなだれて帰っていったそうです。決心するのに3カ月がかかりました。きっと苦しみ抜いたのでしょう。息子をその施設から他の所に移して、地元の警察署に告訴したことがきっかけとなり、施設長は逮捕されました。そしておびただしい虐待の数々が明らかになりました。障害者たちは逃げ場のない場所で10年間もひどい目にあっていたのかと思うと、慄然とします。


次回に続く

障害者と社会
〜虐待・警察プロジェクト・条例〜(その2)
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