企業と人権(その1)

 
  
岡田 ユキ
●プロフィール
1992年 NHKオーディション合格
1998年 CDアルバム「FAMILY」リリース
2000年 著書「みにくいあひるの子供たち」出版
2002年 CDアルバム「光の癒し」リリース
2004年 CDシングル「遙かなる時を越えて」リリース
冊子「虐待死をまぬがれて」執筆
2006年 「みにくいあひるの子供たち」改訂復刻版出版

【経歴】
  • 特定非営利団体日本教育カウンセラー協会認定NO1043026「サークルダルメシアン」
  • 幼少期からクラシックに親しみ、歌うことを自己主張の手立てとして音楽の世界に入る
  • 99年独自のジャンル「ポピュラーミュージックセラピー」を立ち上げ、“楽しく心を癒しましょう”とさまざまな活動を展開
  • プロのジャズシンガーの他、音楽療法家・カウンセラーとしても現在活躍中

  • ポートレイト


     4年前、息子が高校を卒業した時に、母子家庭だった私を支えていただいた地域の皆さんに少しでもお返しがしたいと思い「虐待死をまぬがれて」という冊子を出版し無料配布しました。
     当時は現在ほどイジメによる自殺や親殺し、子殺しが多くなかったのですが、今日では連日ニュースやさまざまな報道番組で頻繁に「虐待死」という言葉を聞くようになっています。
     特に実の親による幼児や児童の虐待死事件が多発するようになっていて、私は何度も繰り返し起こる事件の報道に、いつも何かしらの違和感とストレスを感じていました。
     そこには報道する側の「虐待」に対する認識の違いを感じたからです。
     虐待する親が全面的に悪く、まるで悪魔のように非難される社会、果たして本当にそうなのだろうか? と私は強い疑問を感じたからです。
     なぜならば私こそが被虐者であり、息子に対しては母子家庭という苛酷な現実の中で加虐者でもあったからです。
     では虐待死事件を起こす親と、私との違いはなんだったのでしょうか? それは「気づき」と、実の親に対する「反発」、「私はあなたたちとは違う」という強い連鎖拒否でした。

      

     
    講演


    虐待から自殺へ

     私は幼い頃に実の家族から虐待を受けて育ち、小学生のときに実兄から性的虐待を受けました。
     中学時代にソフトボールと出会い、家族関係においては苦しんだものの、スポーツマンシップを学んだおかげで心身ともに大きな成長を遂げる事ができました。
     高校では引き続きソフトボールに費やす日々を送っていましたが、度重なる怪我や体の故障から一年で退部を余儀なくされました。
     その後、一般の高校生と変わらぬ学生生活を送っていたものの、いじめられている生徒を見るたびに幼少期のトラウマが飛び出して、人一倍強い「正義感」により友人たちを救いました。
     この事が学校側には理解されず、「不良」のレッテルを貼られて退学となりました。
     それから家庭での地獄の日々が始まったのです。毎日必要以上に家族から罵られ、「恥知らず」との罵声を浴びせられました。
     挙句の果てには実母から「昨日、お父ちゃんとあんたの寝顔を見てて、よっぽどタオルで首絞めて殺そうかってゆうてたんや」と言われました。「なあ、お母ちゃんやらがあんた殺したら殺人になるけど、あんた一人で死んだらみんなが幸せになんのと違う?」との言葉がきっかけで自殺を決断し、実行しました。
     しかし、自殺は未遂に終わりました。内心は「よかった」と思いました。なぜならば、私は本当は死にたくなんてなかったからです。



    言いたい放題ライブ

     

    次回に続く

    「虐待の連鎖」そして「感動の連鎖」へ
    〜今食い止めたい虐待死〜(その2)
  • マヌカン業へそして敗北
  • 虐待の連鎖
  • つぶされた夢、そして家庭内暴力へ

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