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大学時代、漠然と卒業後の進路を考えてみた。「接客を極めるならやっぱりホテルかな…。」実家が代々飲食店を経営しているということもあって、小さい頃から接客業・サービス業に非常に興味を持っていた僕が真っ先に思い浮かべた就職先はホテルであった。しかし、待てよ…ホテルには必ず制服がある。 そして未だに男性がパンツで女性がスカートと男女できっちりと分けられているところも少なくない。それは無理だ。いや、それ以前に男と女しか記入欄がない履歴書で僕はどちらにマルをつければいいのだろう。生物学的な性に従うのか?それとも、精神的な性に従えばよいのだろうか? こんな最初で躓いてしまっては、僕は就職どころか、就職活動すらままならないではないか。 男女共同参画社会や男女雇用機会均等法など、近年、男女平等の視点からジェンダー論が盛んになり、男と女のあり方については多く議論されるようにはなったが、「男か」「女か」といった根本は未だに議論される機会が少ない。 トイレ、更衣室はもちろんのこと、アンケートや履歴書の性別記入欄など、日常生活のさまざまな場面で「女」か「男」であることを求められ、女か男でなければいけないような風潮があるが、女と男をキッパリ二分することにどれだけの意味があると言うのだろうか?
「ハーフ」や「その他」というのもイマイチしっくりこないが、何かしらもうひとつの選択肢があってもいいのでは…。そもそも、男女の線引きはどこにあるのだろう? 辞書にある男女の定義。「女」と引いてみると「人間の性別のひとつで、子を産み得る器官をそなえている方。(中略)天性やさしいとか、感情が豊かだとかいう通有性に着目していう場合の、女性」とある。ではなんらかの病気によって、子宮や卵巣などの「子を産み得る器官」を摘出してしまったら何になるのだろうか? 感情が豊かでない女性は「女」ではないのだろうか? また「男」は、「人間の性別のひとつで、女でないほう。(中略)強くしっかりしているなど男性の特質をそなえた男子」とある。女でないほうが男なら、子を産み得る器官をそなえていない女性は男になってしまうとも考えられなくもない。「強くしっかりしていることが」男性の特質で「男」の必須条件なら、この世の中はどれだけ「男じゃないヤツ」で溢れるのだろう? 辞書の定義はなんと適当なのだろうか。これらは「男性」「女性」の定義というより、僕には現代における「男制」「女制」の定義に思えてならない。(広辞苑 第五版岩波書店より一部引用) |
GIDにとって雇用というのは非常に大きな問題である。まず、就職の受け入れ口が世間一般に「普通」と呼ばれる「女性」か「男性」に対してしか開かれていないため、ありのままの自分の姿で就職活動を行うことが非常に困難であるということ。GIDの多くは外見と戸籍上の性を逆に見られることが多いので説明に苦労する。苦労できるならまだいいが、苦労しようにもはなから面倒はごめんだと面接すら受けさせてくれないことも少なくない。そのため、就職のために自分を偽る者も多いが、例えそれで入れたとしても毎日生活をする場で本来の自分を隠さなければならないストレスは計り知れなく、何かの拍子にバレてしまえばクビになってしまう可能性もある。そんな大袈裟な……と思われるかもしれないが、事実、GIDがバレて内定が取り消しになったなどという話は日常茶飯事なのだ。これは差別以外のなにものでもないと思う。 セクシュアルマイノリティ(性に関する少数派)は人間として劣っているという世間の目を感じる。セクシュアリティというその人のたった一部分だけがあたかもその人の全てであるかのように判断されてしまうのだ。もちろんGIDだからといってひいきする必要はない。GIDでもいい者もいれば悪い者もいる、仕事ができる者もいればできない者もいるだろう。特別扱いする必要は全くないが、スタートラインは平等でなくてはならないのではないだろうか。 |
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