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どっちにしよう?と、いつも思う。履歴書をはじめとするさまざまな書類に必須事項として存在する「男・女」と表記された性別記入欄。大半の方は迷うことなくどちらかにマルをつけるのだろう。しかし、僕は記入するたびに悩み、自分の存在を否定されているように感じるのだ…と言っても別に卑屈になっているわけではない。 人数が多いほうに合わせて世の中のシステムができているのは当り前である。しかし、そろそろできてもいいのではないかと思うのだ。「男・ハーフ・女」とか「男・女・その他」とか…。
性同一性障害(GID[※1])を簡単に説明すると、心と体の性の不一致に苦悩する状態のこと。体は男なのに、心は女だったり、またはその逆だったり。多くの方は心と体の性が噛み合っているので、分けて考えるということにピンとこないかもしれない。目に見えない問題なのでなかなか理解されず、また表にも出てきづらいのだが、一般に思われている以上の割合でこのような悩みを抱えている人間が存在するのは事実である。 僕もそのひとり、物心ついた時から気持ちはいつでも「僕」だったのに体は「女」だった。以来僕は、「女体の着ぐるみ」を身につけたような感覚のまま過ごしてきた。小学校も後半になると「僕」の胸は膨らみはじめ、初潮が訪れる。小さい頃の「違和感」は二次性徴によって「確信」に変わり、自分自身の体に激しい嫌悪感を抱くようにった。「女」として何不自由なく成長していく体とは正反対に、「男」として順調に成長していく心。心と体がどんどん引き離されるようで、そんな自分自身をどうやっても受け入れることができなかったのだ。「一体なんなんだこの体は?」「僕は頭がおかしいのだろうか?」頭の中は「?」ばかり。常に根拠のない罪悪感に悩まされ、死を考えるほど自分を否定し続けた。 |
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1996年7月、埼玉医科大学論理委員会が性同一性障害に対する性転換(性別適合手術)を容認したというニュースである。 「障害」と名がつくことで嫌がる当事者も多いが、逆に僕はこの言葉に救われた。それ まで自分を「男」とも「女」とも認識できない宙ぶらりんだった僕が、例え障害とついたとしても社会的に位置づけられたことによって、「僕はこの世に存在していてもよかったの だ」と初めて自分を肯定することができたからである。
「どうしてもっと早く言わなかったの?」
カミングアウトした今となってはこのように言われることも多いのだが、どうして言える
というのだろうか?中性的な男性を平然と「おかま!」とののしるテレビ、それを見て
「いやぁね〜」と冷ややかな眼差しを向ける家族や友に。「いやぁね〜」にきっとたいした意味はないのだろう。しかし、そのたいして考えもせずに発したであろう「いやぁね〜」にどれだけ傷ついてきたかわからない。僕はその度に本来の自分を封印した。 |
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