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▲図1 使うべきでないピラミッド図式
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| ▲図2 江戸時代の主要三身分の関係 |
部落を「下」「最底辺」などとする記述は、なぜ消えたのだろうか。
その第一は、部落差別と経済的な貧しさとが、必ずしも直結しないことが浮き彫りになってきたからである。かつて、貧しさの極致には、奴隷がいたし、彼らは人身売買もされた。しかし、部落の人々が奴隷として売り買いされた例は見あたらないのだ。むしろ、時には奴隷を持つ部落の人々さえいて、裕福な生活をしていた場合もあることがはっきりしてきた(本誌二六号あるいはホームページ「ひろげよう人権」の『人権のひろば』(2002年)を参照)
そして第二に、部落の人々が従事した芸能や皮革産業、警察などの仕事の実態が明らかになるにしたがい、それをマイナス・イメージだけでとらえることは不可能になったことも大きい。とくに能や日本庭園、皮革産業などへの寄与は特筆されるべきもので、これを「下」や「最底辺」などで表すことはできなくなった。
第三には、ここ約三十年間にわたり、同和対策事業として部落の環境や住宅を改善する施策が実施されたことも大きい。目の前で部落の「低位」性が、大きく払拭されていったからである。にもかかわらず、部落差別はなぜ今も存続しつづけているのか、という疑問が広範に起こってきた。部落差別は「低位」性と同じではないことが浮かび上がってきたのである。
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