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まず、「士農工商」の部分に限って見てみよう。この言葉を初めて聞いたとき、「おや?」と思って、そのおかしさに気づかれた方も、かなりいらっしゃるのではなかろうか。
たとえば先生が、「上見て暮らすな、下を見て暮らせと、権力者は身分を作った。武士が農民を見下し、農は工を、工は商を見下した」と説明され、さらにその下に部落があるとして、その名前が続けられた。ところが、教科書には別の所で、商人が大金持ちで登場してくる。農民も、水飲み百姓など、貧しい生活を余儀なくされた人々のいたことを描いている。
「だからこそ、士農工商という身分を作って、年貢を取るため農民に優越感をもたせ、工商をその下に置いたのだ」とも語られた。たしかに、「士」が「農」を支配したのは間違いないだろう。「しかし、はたして農が工や商を支配しただろうか」……こういう疑問を抱いた優秀な生徒が確実にいたと思われる。だが、もしそれを質問してしまえば、先生は答えられないで、授業は壊れてしまうかもしれないと感じ、賢い生徒たちは、疑問を飲み込んで学校の授業を守ってきたのかも知れない。
しかし、その無理がもたらす「ほころび」が、やがて学校現場に広がっていった。同和教育を熱心に進めれば進めるほど、子供たちが「士農工商えた非人」の語を使った差別遊びをすることになったのである。「俺は『殿様』。おまえは『農民』、おまえは『えた』」などと決めて、ジャンケンで身分を変えていくゲームなどである。先生の間には、「一所懸命、同和教育に努めた成果がこれなのか」と落胆し、疑問が生まれた。
私なども、そうした疑問や悩み、どうしたらよいかなどの相談を、先生方からお受けした。当初私は、「子供たちの中に、もともと差別意識があります。同和教育によって、一時的にそれが刺激されることもあるでしょう。長い目で見て進めていきましょう」などとお答えすることもあった。
だが、すくなくとも一回の授業で差別意識を喚起されたとするなら、その二倍の時間を使ってそれを克服しなければならなくなる。同和教育の授業が、もう一つの同和教育を必要とするなどというのは、もとの授業が、結果として差別をばらまいたことを意味しよう。その授業は、やはり失敗だったのだ。
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