多様な「 性 」を考える(その1)


中央大学社会科学研究所客員研究員 三橋順子(みつはしじゅんこ)
●プロフィール

男性から女性へのトランスジェンダー(性別越境者)
性的マイノリティの当事者であり、研究者。性社会史、性別越境論を専門分野として研究。
 1955年埼玉県生まれ。現在、中央大学社会科学研究所客員研究員、国際日本文化研究センター共同研究員。
 1995年からトランスジェンダー(MTFTG)としての社会的活動を開始し、わかりやすい性の多層構造論で注目される。2000年度には中央大学文学部兼任講師となり、「日本初の女装の大学講師」として紹介される。
東京都の人権啓発事業のビデオや啓発冊子にも参画している。

(著書・共著)
「美和明宏という生き方」青弓社2000年
「トランスジェンダリズム宣言−性別の自己決定権と多様な性の肯定−」社会批評社2003年

(論文)
「現代日本のトランスジェンダー世界」
中央大学社会科学研究所年報7
中央大学2003年 他

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失われた柔軟な性認識
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▲鈴木春信「江戸三美人」(東京国立博物館)。左から柳屋お藤、女形の瀬川菊之丞、笠森お仙。生得的な女性二人と女装の男性を並べて「三美人」として鑑賞する「性」に対する柔軟な意識がうかがえる。

 性別には、男性と女性しかない、男性は男らしく、女性は女らしく、男性は女性を好きになり、女性は男性を好きになる。それは当たり前のことであり、そうでなければならず、それから外れるものは「変態」であり、真っ当な社会からは排除しなければならない。近代社会では長らくそうした考え方が常識とされてきました。性別二元制と異性愛を絶対視する考え方です。

 しかし、近代以前の日本はもっと「性」に対しておおらかな社会でした。江戸時代の美人画の第一人者鈴木春信が描く「江戸三美人」では、女性二人を左右に従えて中央に立っているのは女形の瀬川菊之丞です。現代の私たちには、女優とニューハーフを組み合わせた「三美人」という構図はなかなか思い浮かびません。

 江戸時代の庶民は、生まれつきの女性と女装の男性とを並べて「三美人」として鑑賞できる、性別についての柔軟な感性をもっていたのです。あるいは「女色」と「男色」とどちらが優れているか、などという論議がけっこうまじめに交わされていたりしました。

 日本社会は、いつの間にかそうした「性」に対する柔軟さを失ってしまい、冒頭に記したような硬直した姿勢に凝り固まってしまったのです。それは、効率だけを重視し、画一さを求める近代産業社会の進展にともなう現象でした。そして、「性」に対する硬直した姿勢は、現代の企業社会にも受け継がれているのです。

 こうした硬直を解きほぐすためには、今まで「当たり前」とされてきたことを、もう一度、考え直すことから始めるのが効果的です。「性」とは何なのか? どのようにイメージすればよいのか。ここでは、最も理解しやすい「性」の構造的な考え方をお話しましょう。




「性」の四要素

 人間の「性」は主に次の四つの要素から成り立っていると、私は考えています。

身体の性(生物学的性) セックス(Sex)
心の性 (性自認) ジェンダー・アイデンティティ(Gender-identity)
社会的性(性役割/性別表現) ジェンダー・ロール/ジェンダー・パターン(Gender-role/Gender-pattern)
対象の性(性的指向) セクシュアル・オリエンテーション(Sexual orientation)

 

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▲中央大学文学部「現代社会研究5」(2000年度)の受講生たちと、多様な「性」をテーマにした講義は学内外の大きな話題となり、ある学生は「4年間の大学生活で最もエキサイティングで充実した講義」と評してくれた。

  の「身体の性」とは生物学的性、生得的な身体構造の性のことです。ただし、一口に身体の性と言っても、遺伝子(SRY)、性染色体、性腺、外性器、さらには第二次性徴に基づく身体外形の性差までさまざまなレベルがあります。

  の「心の性」とは、自分自身の性別をどのように認識しているか、性の自己認識(性自認)のことです。「男性である」「女性である」だけでなく「どちらでもない(無性)」「どちらでもある(両性)」「時により変化する(不定性)」などの形も考慮すべきでしょう。

  の「社会的性」は、生物学的性とは基本的に別次元の、人間が成長の過程で後天的に身につけていく性です。具体的には、男女どちらの社会的役割、つまり社会(文化)によって規定され求められる「男らしさ」「女らしさ」(ジェンダー・ロール)のどちらを行うか、服装など男女どちらの表現形(ジェンダー・パターン)を取るかということになります。

 そして の「対象の性」は、欲情・性欲の対象が何に向いているかという性的な指向のことです。一般的には、対象が異性ならヘテロセクシュアル(異性愛)、同性ならホモセクシュアル(同性愛 ゲイ/レズビアン)、両方ならバイセクシュアルと言われますが、この場合の「異性」「同性」とは、今まで述べた のどれに基準を置いたものなのか、もう一度確認してみる必要があるでしょう。

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▲群馬県尾島町の「男女共同参画講座」での講演(2003年1月)。地方の小さな自治体でも、高い意識と熱意で、充実した人権教育が行われている例。

 「性」の四要素それぞれに男・女いずれかを配したら、その組み合わせは何通りになるでしょうか。それは二の四乗、つまり一六通りになります。人間の「性」はそれだけ多様なのです。




「性」の多様性をイメージ化する

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 人間の「性」は、立体的な多層構造としてイメージすることができます。私は、図1のように一番深層に身体の性、次の中層に心の性、そして表層に社会的性が重なる三層構造が「性的自己」を構成し、そこから「性的他者」に向かうベクトルが対象の性(性的指向)という形を描いています。

 次にこの基本構造図を使って多様な「性」の有り様をイメージ化してみましょう。
まず、多数派(マジョリティ)、すなわち異性愛の男性/女性を表現したのが図2です。多数派の男性/女性の場合、三つの層の整合性が保たれています。バニラアイスクリームを三つ重ねたイメージです。そのため、かえって「性」が多層構造であることが見えにくく、図3のように、「男」ということ、「女」ということが強固な一体構造であるような誤解をしてしまいがちです。同じ色の三段重ねのアイスクリームが溶けかかって境目がわからなくなり、最初から一塊のように思えてしまう状態なのです。

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 こうした「性]の構造図を描いてみると、性的多数派の人たちにはわかりにくい性的少数派(マイノリティ)の「性」の有り様も理解しやすくなります。たとえば、生得的な身体の性とは逆の社会的性別を生きるトランスジェンダー(性別越境者)と、ゲイやレズビアンなどの同性愛者とは、混同されることがしばしばあります。両者の差異を考えてみましょう。

 

次回に続く

多様な「 性 」を考える(その2)
  • 「性」の多様性をイメージ化する


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