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東北の被差別部落の起源については、こんな通説的な了解が語られてきた。つまり、それは近世のはじめ、関東以南から国替えになった大名たちが城下町を建設するとき、職人集団のひとつとして、皮革を扱う人々を連れてきたことに始まる、と。それはいわば、東北が社会の内側から分泌したものではなく、まさに西日本から政治的に移植された制度にすぎない、ということだ。 かれらは城下町の一隅に定着し、西日本において被差別民がになった役割を、そのままに継続して行なうようになる。皮革業のほかに、かれらは刑吏として働き、また、小正月や寺社の祭りの日などに門付けして歩きながら、さまざまな芸能を演じた。菅江真澄という、三河出身の旅人の日記に見える、ラク(注: 出羽(秋田・山形)地方における被差別民の一呼称)やカタイ(注: 乞食「こじき」)と呼ばれた被差別民は、正月の門付けにさいしては、田の神をことほぎ、豊作を祈願する芸能を演じて、喜ばれている。 あらためて、問いかけてみる。東北はなぜ、みずからの社会・文化の内側から、穢れや差別のシステムを産まなかったのか、と。
ここで、一人の部落史研究者がかつて提示した、ひとつの仮説を取り上げてみる。なぜ、東北の中世以前には被差別部落がなかったのか、という問いにたいして、こんな答えが示されたのである。第一に、東北が畿内などと比べて後進地域であり、生産力が低く、分業も未熟であったこと、第二に、西の被差別民の社会的な役割を、東北の大家族制度の周縁部におかれていた家内隷属農民たちが代行したこと。これら二つの社会的な条件があったために、東北は被差別部落を必要とせず、それを産むこともなかったのだ、という。 あからさまに言ってしまえば、まさに東北の「遅れ」にすべてが帰着させられている。はたして、そうなのか。「遅れ」が差別を遠ざけていたのか。わたしはこの仮説に出会って以来、いかにしてそれを批判的に乗り越えることができるか、というテーマを抱えこんできた。それは結局、京都を見えない中心として織りあげられたヤマト中心史観による、たとえば無意識の呪縛の所産にすぎないのではないか。
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それでは、いかなる新しい了解の地平が可能なのか。それを問う必要がある。わたしはいま、とりあえず、以下のような仮説を提示してみたいと思う。 東北の山間部を中心として、いまも色濃く残存する狩猟文化こそが、このテーマを読みほどく鍵になる。そうした狩猟文化は、おそらく縄文時代にまでさかのぼる可能性を有しており、まさに東北の基層文化の一部をなすものである。冬の防寒具として、獣の皮をさまざまに利用し、獣の肉をあたりまえに食することが行なわれてきた東北で、ことに山あいの地域で、皮革を扱う仕事がそのままに差別の対象となることはありえない。そこには皮や肉にたいする穢れのタブーそのものが、少なくとも西日本などと比べれば、かなり稀薄であったにちがいない。それゆえに、東北は皮や肉の穢れにまつわる差別のシステムを、その社会の内側から分泌しなかったのではないか、そう、わたしは推測する。 じつは、東北ばかりではない。北のアイヌと南の沖縄もまた、みずからの社会の内側から被差別の民や制度を産むことがなかった、といわれている。そこにも、日常の風景のひとこま齣として、豊かな皮や肉の文化が存在したことは、はたして偶然であろうか。 たとえば、狩猟や漁労を大切な生業としたアイヌ社会には、獣をはふり・皮を剥ぎ・肉を食する、といったことにタブーがはじめから存在しない。それゆえ、被差別部落などありえない。あまり知られていないが、沖縄にも、本島北部や西表島などの離島に、伝統的な狩猟文化が見られた。リュウキュウイノシシを獲物とする狩りが、いまも西表島では行なわれている。そして、すでに触れておいたが、正月の儀礼食としてブタ肉を食べる風があった。そのために、以前は、どこの家でもブタを飼っており、年の暮れになると、それを家族総出ではふる光景が見られた、という。だから、沖縄の島々では、「皮屋も、屠児(注)も嫌はない」(折口信夫)のである。 それでもなお、遅れた未開の後進地域だから、東北やアイヌ・沖縄は被差別部落を必要としなかった、というのだろうか。そうした辺境史観と、稲作中心史観とが手を携えて、見えにくいかたちで差別の民族史の解明を妨げてきたのである。まず、それを認めなければならない、と思う。 さて、網野善彦さんの提言(6)[明日へ29号の(上)参照]にもあったように、これからは、地域ごとの多様な差別をめぐる状況をきちんと把握しながら、きめの細かい対応を可能とするような研究が求められるだろう。そして、穢れと差別をめぐる民族史が、たんに部落史研究に限られたテーマではないことを忘れてはならない。それは、この列島のあらたな民族史的景観を開こうとするとき、ひとつの未知なる、特権的な問いとなるはずだ。いま、わたしたちはささやかな覚悟を求められている。 本文中の注は、不適切な表現ですが敢えて原文のまま使用しています。
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