東北から見た部落差別(上)(その1)
東北芸術工科大学 教授 赤坂 憲雄(あかさか のりお)
●プロフィール
(1) 専門分野:民俗学・東北文化論
(2) プロフィール:1953年東京都生まれ。東京大学卒業。
現在、東北芸術工科大学教授、同大学図書館長、同大学東北文化研究センター所長。
(3) 履歴及び研究テーマ
 
研究テーマ:東北学
研究内容:山形、さらには東北一円をフィールドとして、みずからの足で歩き、みずからの眼で見て、みずからの耳で聞く作業を続けている。東北の小さな民の具体的な歴史を掘り起こし、歴史以前の闇のなかに埋もれた<もうひとつの東北>を浮き彫りにしながら、東北学の構築をめざしている。
(4) 所属学会等:日本民俗学会
(5) 受賞:山崎賞 1996年11月
真壁仁・野の文化賞 1999年1月
山形新聞3P 賞 2000年1月
赤坂 憲雄



はじめに

 差別とは何か、という問いは、答えるのがとてもむずかしい。おそらく、差別という問題が問いとして一般化された瞬間に、それは手の指の隙間から滑り落ちてゆく砂粒のように、とりとめもなく拡散してゆくものなのだろう。それはあくまで、具体的な現場から問われるべき問題である。だから、部落差別、身体障害者にたいする差別、あるいは女性差別といったものは、どれひとつとして同じ顔をしていない。それゆえ、当たり前のことだが、それぞれの差別を解消してゆくための道筋もまた、同じではない。
ここでは、部落差別とは何か、被差別部落とは何か、という問いである。これがまた、ひどく錯綜しており、たやすく答えをみつけるのはむずかしい。ただ、ひとつだけ明らかなことがある。被差別部落とは、歴史のなかで、ある種の政治・社会的な関係のゆがみを背景として形づくられてきた、ひとつの限られた文化にすぎない、ということだ。それが歴史的に形成された文化であるかぎり、歴史のなかにこそ、かならずそれを乗り越えてゆくための契機が隠されているにちがいない。すなわち、被差別部落は歴史的に形成されたものであり、それゆえに、歴史的に解体されなければならない、ということだ。

 あえて言っておくが、被差別部落には何ひとつ宿命的なものはない。たとえばそれは、血の連続性に根ざしたカースト制度などとは大きく異なっている。むしろ、血や筋はまったくの見せかけであり、たんなる装いにすぎない。そうでなければ、時代による大きな変容や、地域ごとのこれほどの多様性といったことが、了解しがたいことになる。くりかえすが、それは歴史的に創られた、あくまで限定された文化的表象物にすぎない。

 

「東と西」の差異をめぐって

 これまで、被差別部落をめぐる地域的な多様性については、かならずしも研究が盛んではなかったように思われる。おそらく、その理由の少なくともひとつは、先進地域とされる畿内の被差別部落をモデルとして、いわば無意識の先進/後進、中心/周縁の構図にからめとられながら、ほかの地域の差別の実態が判別されてきたからである。畿内とは異質な状況が見られても、それは後進性や周縁性のあらわれとして、経済的かつ文化的な「遅れ」の問題として了解されてきたために、その地域的な多様性をきちんと解き明かす志向そのものが生まれなかったのである。

 しかし、これはとても大切なテーマである。たとえば、中世史家の網野善彦さんが『東と西の語る日本の歴史』の「文庫版まえがき」のなかで、列島の「東と西」の差異という視座から、この問題に言及している。網野さんはそこで、いくつかの重要な指摘を行なっている。わたしの関心にしたがって、箇条書きに抜き出してみよう。

(1) 被差別部落は、アイヌ・沖縄には存在しない。
(2) 被差別部落は全体として、東日本では西日本に比べて稀薄であり、そのあり方は「東と西」でいちじるしく異なっている。
(3) その呼称は、地域的かつ時代的に多様であり、十七世紀後半に、江戸幕府が被差別部落を制度化したときに「穢多」「非人」の呼称を用いたために、それが全国的なものと考えられてきたが、明らかに誤りである。
(4) たとえば、列島の東/西の古くからの差異、とくに弥生文化が列島西部に渡来して以後、いっそう顕著になった東/西の差異、「穢れ」にたいする対処の仕方の差異などについて、追究を深めねばならない。
(5) 東/西の王権のあり方にまで踏み込んだ検討が必要である。
(6) これらの問題に関しては、目をそらすことなく正面から取り組み、諸地域の個性を把握し、きめの細かい対応をするための前提となる研究を、さらに積み重ねる必要がある。

 関心をそそられるテーマが並んでいる。わたしたちが新しい視座から、この被差別部落という問題にアプローチしようとするときには、いずれも大切な手がかりとなるにちがいない。すべてに触れる余裕はとてもない。ここでは、まず第一に、(2)と(4)に関連して、列島の東/西の差異を浮き彫りにしつつ、その社会的な背景を読みほどくために、東北の被差別部落をめぐる状況について考えてみたい。それから、第二に、(1)と(5)にかかわり、ことに沖縄の差別をめぐる状況に触れてみたい、と思う。

 

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次回に続く