21世紀の男たち女たち(その1)
ノンフィクション作家 吉永 みち子(よしなが みちこ)
●プロフィール

1950年、埼玉県川口市生まれ。
1972年、東京外国語大学インドネシア語学科卒。競馬専門誌「勝馬」の記者を経て、夕刊紙「日刊ゲンダイ」の記者。1978年退社、5年の専業主婦の後、仕事に復帰。以来フリー。1983年JRA機関紙「優駿」の『優駿エッセイ賞』受賞。1985年『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
郵政行政審議会、地方分権改革推進会議、地方公務員制度調査研究会など歴任。
テレビ朝日系「スーパーモーニング」月曜日レギュラー。

吉永 みち子



生まれ変わるとしたら?

  「生まれ変われるとしたら、男性と女性、どちらに生まれたいですか」

 こう聞かれたら、20代、30代、40代の初めぐらいまで、私は絶対に男に生まれ変りたいと即座に答えていたと思う。実際、女友達とそんなことを話してもいた。

 今、同じ質問をされたら、ちょっと考えるだろう。そして、「ま、今なら女の方を選ぶかな」と答える。大変な変化である。 これまでの性的役割分担から、男女共同参画社会へと時代が大きく変わろうとしていることが、この大変化が背景にあることは間違いない。

 でも、10年後にもう一度同じことを聞かれた時には、「どちらでもいい」と答えられたらいいと願っている。

 男に生まれた以上・・・という言葉や、女なんだから・・・という言い方がつい口から出てしまう間は、男性という枠や女性という枠が、ひとりの人間の前に立ちふさがってその生き方を左右したり、規制したりしてしまうと思っているからである。そういう意味では、男性にとっても女性にとっても、今は過渡期といえる。

 過渡期というのは、様々な問題を生じさせる。混乱も起きてくる。困るのは、それらが求める世界の欠陥だとわめきたてる部分が出てくることである。やっぱり前の方がよかったから元に戻した方がいいという声があがってくる。これは、新しい生命が誕生しつつある時に、産みの苦しみに耐えられないから生命そのものをなかったことにしてくれというのに等しい暴言だろうと思うのだが、この頃、この手の信じられない発言を耳にするようになっているのも事実である。

 議会で「やはり男らしさや女らしさは大事だから、きちんと"らしさ"の教育をするべきだ」という発言などもあったようだ。

▲ニューヨーク郊外にあるグリーンチムニーズのスタッフを取材中
グリーンチムニーズとは、虐待された子供たちが虐待された動物たちの世話をしながら、人と動物がともに暮らし、学び、そして、社会で生きる力を身につけるための広大な教育施設。

 「ま、男女共同参画もいいけど、行きすぎはいけませんよ」と憂い顔で言う人にもずいぶんでくわした。条件つき賛成派というわけか。その条件とは何かと問うと、分をわきまえてとか、男性の独占だった分野の一部開放してあげてもいいとか、女性の役割分担部分だった家事育児を完璧にこなして余力のある女性だけが社会に参画すればいいといったことになる。

 「女性がみんな男性になってしまうのはいかがなもんですかね」というとんでもない勘違いというか、社会に参画する資格は男性のみが有していて、女性はみんな男性になってはじめて社会参加ができるという驕(おご)りとしかいいようもないことを、驕りだと気づかずに言ってしまう人もいる。

 女らしさ、男らしさとは、なかなか曲者である。男性の脳と女性の脳は違うのだと主張する人もいる。きっとそうだろう。でも、同じだなどといってはいないのだ。ずっと求められてきた女らしさ、男らしさは、本当に脳の違いによるものなのかどうか、私ははなはだ疑わしいと思っている。

 因みに、私が使用している辞書で、男と女がどう記述されているかというと・・

 『男』 この項の2番目にはこう書かれている。一人前に成熟した男性(狭義では、弱いものをかばう、積極的な行動性を持った男性をさす)

 『女』はどうかというと、一人前に成熟した女性をさす(狭義では、やさしい心根や優柔不断や決断力の乏しさがからまり存する一方で、強い粘りと包容力を持つ女性をさす)

 まさに世にいう男らしさ、女らしさであり、男に求められるものより、女の求められるものの方が多いのは、男性が編纂した辞書だからだろう。このようにして、"らしさ"はつくられていって、本来の自分の前に立ちふさがってくるような気がする。

 "らしさ"がしみこむ前の乳幼児には、しばしばこれとまったく逆の傾向があったりする。2歳の息子がスイミングスクールの乳幼児クラスで初めてプールに入った日、「ママー」と叫びながら泣いているのは圧倒的に男の子が多くて、大胆にプールに飛び込むという決断力と積極的な行動性を示した上に、大口をあけて笑っていたのは女の子の方が多かったのである。私の息子も盛大に泣いていたクチだった。