企業倫理―企業と社会との関係を考える

企業倫理の制度化

 また、企業倫理は「公正かつ適切な経営を行なうための組織内活動」であるともいわれます。「公正」というのは、「第三者の目から見て許容できる」、「尊敬できる」というもので、「適切」というのは、「利益が上がるほど十分効率的である」を意味します。「組織内活動」というのは、企業倫理を組織の中に具体化することであり、企業倫理の制度化といわれます。それには、企業倫理担当常設機関の設置、倫理網領または行動憲章の制定・遵守、倫理教育・訓練体系の設定・実施、内部告発の事前吸収と問題解決の保証などが含まれます。

 日本企業においては、金融監督庁の金融検査マニュアル以降、金融機関を中心にコンプライアンス委員会が置かれるようになり、業務監査部門などのように呼ばれることもあります。また、企業不祥事が発覚した後に、企業倫理委員会が設置されることも少なくありません。企業倫理担当部門は、関連する法規や事業環境の変化を認識し、業務処理プロセスと活動を知り、脆弱な点を見出し、その改善について優先順位をつけて対応することになります。単に、法令を守っているか否かを点検する部門ではないのです。さらには、行動憲章の制定、企業内倫理教育の実施、倫理相談などを担うことになります。

 倫理網領や行動憲章と呼ばれるものは、価値理念を具体化したものでありますが、より有効なものは、行動や判断を行なう基準となりうるものです。日本企業の中には、2002年に改訂された日本経団連の企業行動憲章を参考に行動憲章が制定されているところが少なくありませんが、より有効なものにするためには、それが一貫した基準のもとに適用されることや、監査と評価が行なわれ、それを受けて修正と改善が行なわれることが求められることになります。そうしたことがないと、倫理網領を設けていない企業よりも不正を抑止しにくくなることが検証されています。倫理網領や行動憲章は、一度作ればよいというものではないのです。また、アメリカやイギリスの企業は、こうした行動憲章を社会に対して公表し、「言行一致」の姿勢を示しています。

 企業内での倫理教育・訓練体系は、倫理網領や行動憲章などにある価値理念を教育することでありますが、講話のようなものだけでなく、ロール・プレイングやケース・スタディなどの手法を用いて、より具体的に考えさせるものも必要です。たとえば、ロール・プレイングの中で「差別される」ことを経験することより、それがどんなに不快なものかを疑似体験し、差別しないようになります。また、実際にあった事例をケースの形にして、どのような意思決定をすればよりよい結果が得られるか、考えることができます。

 たとえば、1975年に発覚した「地名総鑑事件」や1998年に大阪で起きた「差別身元調査事件」をケースにすることもできます。なぜ、企業は「地名総鑑」を購入したり、「差別身元調査」を依頼してしまったりしたのでしょうか。そうした購入や依頼を担当する立場に自分自身があったとしたら、どのように行動できるでしょうか。あるいは、自社に起こったできごとを事例として、後々までの教訓にすることも倫理教育にとって有効な方法です。部門ごと、職位ごとにそれぞれにとって具体的な教育をすることができれば、より効果的なものになります。

 人権啓発に取り組むことも企業倫理教育の重要な要素です。履歴書に本籍地や家族構成などの記載を求めることは差別につながりやすいことは、よく知られていることと思っていたのですが、インターネットで受け付けている「エントリーシート」と呼ばれる就職希望者用の書式の中に、そうした項目を見かけたことがあります。書式を作成したものが故意にそれらを求めたとは思いませんが、人権問題について内部で十分な教育が行なわれていないのは明らかです。

 最近の企業不祥事は、内部告発によって明るみに出ているといわれますが、本来は、企業の内部で問題が指摘され、解決されるべき事柄です。そこで、企業内における倫理問題についての相談窓口が求められ、受け付けた相談の内容に問題があれば、相談後に迅速に解決に取り組むことが求められることになります。相談体制は、電話、FAX、eメールなどを利用して、相談者の匿名性を保証する形で「ヘルプライン」のような名称で構築されることもありますが、緊急の告発を受けるという意味で「ホットライン」という名称も使われています。また、スピーク・アップといわれる、直接の上司以外に相談できる仕組みを取り入れている企業もあります。大切なことは、相談を受けた場合に、その真偽を確認し、真実であった場合には問題の解決に迅速に取り組むことです。

 企業の内部からマスメディアや監督官庁に対して内部告発を行なうのは、本来は問題解決のための最後の手段です。直接の上司に問題を告発し何も改善されず、組織内でできる限りの努力をしたのに問題が解決されず、さらに、外部に対して重大な被害が及ぶ可能性があり、内部告発により問題が解決される見込みがあることが内部告発の用件とも言われています。アメリカでは、さらに、内部告発をする前に家族と相談するべきだとも言われています。

 人間は、不完全で過ちを犯します。他人の過ちを見つけたら、それを気軽に教えてあげることができる組織風土が必要になります。指摘を受けたものは、過ちを指摘したものに感謝しても逆恨みをすることがないようにすることが大切なのです。その点、名称はどうであれ、倫理相談体制を整備しただけでは不十分です。
気軽に相談することができ、問題が解決されることが大切なのです。

 


積極的な取り組みが評価される時代

 これまで、企業倫理の制度化について確認してきましたが、これらの取り組みの多くは、企業の人権啓発の取り組みで行なわれているものです。企業としての基本方針を確立し、企業内研修を行い、担当者を設置し、さらには、「企業連絡会」のような横断的組織まで作られています。人権啓発がそのために軽んじられることがあってはなりませんが、こうした仕組みを企業倫理の制度化へ発展させることも可能です。

 欧米では、SRI(社会的責任投資)が盛んに行なわれるようになり、アメリカでは2兆ドル超の資金を集めるようになっています。機関投資家の中には、企業の倫理網領や行動憲章を評価して、投資先の選定をしているところもあります。
さらには、環境管理に関する国際規格などを制定したISO(国際標準化機構)は、現在、企業倫理に関する国際基準を作る作業を行なっています。イギリスでは、閣外大臣としてCSR(企業の社会的責任)担当がいて、企業の倫理的行動が競争力の源泉であると認識されています。

 このように、企業倫理への取り組みが積極的に評価される時代が到来しているのです。何か問題が起こってから企業倫理に取り組むのではなく、問題が生じることがないように、あるいは、問題の影響を小さくするために、企業倫理に取り組むことが求められています。

 

日本経団連の企業行動憲章
1. 社会的に有用な財、サービスを安全性に十分配慮して、開発・提供する。
2. 公正、透明、自由な競争を行う。また、政治、行政との健全かつ正常な関係を保つ。
3. 株主はもとより、広く社会とのコミュニケーションを行い、企業情報を積極的かつ公正に開示する。
4. 環境問題への取組みは企業の存在と活動に必須の要件であることを認識し、自主的、積極的に行動する。
5. 「良き企業市民」として、積極的に社会貢献活動を行う。
6. 従業員のゆとりと豊かさを実現し、安全で働きやすい環境を確保するとともに、従業員の人格、個性を尊重する。
7. 市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体とは断固として対決する。
8. 海外においては、その文化や慣習を尊重し、現地の発展に貢献する経営を行う。
9. 経営トップは、本憲章の精神の実現が自らの役割であることを認識し、率先垂範の上、関係者への周知徹底と社内体制の整備を行うとともに、倫理観の培養に努める。
10. 本憲章に反するような事態が発生したときには、経営トップ自らが問題解決にあたり、原因究明、再発防止に努める。また、社会への迅速かつ的確な情報公開を行うとともに、権限と責任を明確にした上、自らも含めて厳正な処分を行う。


おわり