企業倫理―企業と社会との関係を考える
明治大学商学部教授 出見世 信之(でみせ のぶゆき)
●プロフィール
生月: 1963年8月20日
学歴: 明治大学大学院商学研究科商学専攻博士後期課程終了
学位: 博士(商学)(明治大学)
職歴: 亜細亜大学、埼玉大学を経て、現在、明治大学商学部教授
著作: 『企業統治問題の経営学的研究―説明責任関係からの考察』(文眞堂)共著として、『現代経営と企業理論』(学文社)、『ECS2000―このように倫理法令遵守マネジメント・システムを構築する』(日科技連出版社)など、共訳として、『企業倫理と経営社会政策過程』(文眞堂)、『企業倫理』(白桃書房)などがある。
出見世 信之


なぜ、企業倫理か・・・

 2002年は、「企業倫理の確立」が経済界、政府、マスコミなどにより、声高に求められた年でした。この背景には、いわゆる「企業の不祥事」が数多く発覚したことがありますが、「悪いことをしたから、企業倫理に取り組みます」というのでは、「悪いこと」が見つからない限り、企業倫理に取り組まないことにもなりかねません。なぜ、企業倫理が求められるのか、考えてみましょう。

 「倫理」という言葉でいろいろなことが浮かぶかも知れませんが、ここではそれを「嘘をつかない、盗まない、人を傷つけない」などを意味するとしましょう。これは、人間が社会の中でよりよく生きるため不可欠なものです。もし、社会に倫理がないとしたら、今日のような社会は維持できるでしょうか。あるいは、企業はそうした社会に成立することができるでしょうか。答えは、「否」です。倫理のない社会には、文明は成立することはなく、「弱肉強食」の野性が支配する社会になるでしょう。倫理は、社会を維持するためのルールなのです。

 しかしながら、もし、すべての人間が全知全能の存在であれば、そうした社会においても倫理は必要ないかも知れません。すべての人が他人の言葉が嘘であるかどうかを見抜くことができ、盗ませることや傷つくこともないとすれば、倫理を必要としないでしょうが、これも現実的ではありません。むしろ、われわれは弱く、傷つきやすい存在です。だから、倫理を必要とするのです。

 このことは、企業の中でも同じです。企業の中でも人間は、弱く不完全で傷つきやすい存在で、他の人のちょっとした言葉にさえ心を傷つけられるかもしれません。また、企業などの組織は、個々の人間の不完全を補うために作られるとも言われますが、そうした組織の中で、人間は他人と「同調」しやすくなり「権威」に服従しやすくなることが、社会心理学の実験において証明されています。組織の中の個人は、「無責任」になりやすく過ちを犯しやすいのです。だから、企業倫理が求められているのです。

 倫理のような曖昧なものを持ち出さなくとも、法律を守っていれば十分ではないかという見方もあります。しかしながら、社会は絶えず変化しています。法律は社会の変化に敏感に対応できるわけではありません。たとえば、水俣病が問題となったとき、原因物質の有機水銀の投棄に関する規制はありませんでした。規制が設けられたのは、工場が有機水銀の排水を停止してからです。それゆえ、法令を守っているからといって、それで十分に倫理的であるとはいえないのです。では、次に、より具体的に企業倫理について考えてみましょう。


企業倫理は道徳的規範

 企業倫理は、一つには「社会的存在としての企業が、その内部ならびに対外的活動において遵守すべき道徳的規範」であると定義されています。前者の道徳的規範の具体的内容は、企業の利害関係者ごとに存在する価値理念を尊重することです。利害関係者は、単に企業と利害関係があるものを指すのではなく、「その支持がなければ企業が存続できないような個人・集団」を意味し、企業に対して積極的に利害を主張するものです。具体的には、株主、従業員、顧客、取引先、地域社会、政府などです。価値理念との関係を見ると、たとえば、従業員に対しては尊厳、顧客に対しては誠実、株主・投資家に対しては公平、政府に対しては厳正という価値理念が挙げられます。インサイダー取引が問題となるのは、公平でないからであり、企業が従業員に対して尊厳をもって対応しないと、雇用差別や過労死、プライバシー侵害などの問題を起こすことになります。顧客に対して誠実に対応していなかったために、偽装表示の問題が表面化し、政府への虚偽報告は営業停止処分さえもたらす問題行動です。

 

日本経団連の企業行動憲章
1. 社会的に有用な財、サービスを安全性に十分配慮して、開発・提供する。
2. 公正、透明、自由な競争を行う。また、政治、行政との健全かつ正常な関係を保つ。
3. 株主はもとより、広く社会とのコミュニケーションを行い、企業情報を積極的かつ公正に開示する。
4. 環境問題への取組みは企業の存在と活動に必須の要件であることを認識し、自主的、積極的に行動する。
5. 「良き企業市民」として、積極的に社会貢献活動を行う。
6. 従業員のゆとりと豊かさを実現し、安全で働きやすい環境を確保するとともに、従業員の人格、個性を尊重する。
7. 市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体とは断固として対決する。
8. 海外においては、その文化や慣習を尊重し、現地の発展に貢献する経営を行う。
9. 経営トップは、本憲章の精神の実現が自らの役割であることを認識し、率先垂範の上、関係者への周知徹底と社内体制の整備を行うとともに、倫理観の培養に努める。
10. 本憲章に反するような事態が発生したときには、経営トップ自らが問題解決にあたり、原因究明、再発防止に努める。また、社会への迅速かつ的確な情報公開を行うとともに、権限と責任を明確にした上、自らも含めて厳正な処分を行う。


次回に続く