パワー・ハラスメントとは その2 岡田康子


人権問題としてのセクハラとパワハラ

 セクハラ研修の中で「食事に誘ってはいけないのか」とか「肩に触れてもセクハラか」などの質問をよく受ける。個々の言動を一つ一つ取り上げて何がセーフで何がアウトなのかを議論していてはキリがない。改正均等法が成立するまでの流れを見ると、米国では1964年に米国公民権法が制定され、性別・人種・国籍・宗教等による差別を禁止、セクハラはこの法律の違反行為として位置づけられ、人権侵害であると規定されている。

 さらに、1991年のグラスシーリング法(ガラスの天井)が女性やマイノリティの昇進を促進し、女性の社会進出を後押ししている。このように、セクハラ問題は基本的人権の尊重をベースに発展してきたと言える。日本ではセクハラへの配慮義務は均等法で定められており、働く者としての権利として位置づけられている。今、職場で起きているパワハラ問題も人権問題として捉えると非常にわかりやすい。男女を問わず職場での基本的な人権は守られなければならない。それには「就業時間外の飲み会への参加を拒否する権利」も「セクハラという人権侵害に抗議する権利」も当然含まれる。
日本の企業集団には「上司の誘いを断るのは失礼だ」とか「みんなと違う意見を言うと集団の統率が乱れる」など、日本人が大切にする協調性を履き違えた「有形無形の圧力」が明らかに存在している。
これは人権というものに対する考え方が、残念ながらまだまだ成熟していないことを物語っているのではないだろうか。しかしこのようなことは、多種多様の価値観が混在するこれからの職場では通用しない。一人ひとりの生き方や暮し方を尊重することが求められ、これを達成して初めて皆が気持ちよく働くことができる。



諸外国のパワハラ問題

 ヨーロッパでは国によってそれぞれ呼び方や定義は異なるものの、パワハラに相当する研究や規制の法制化が進んでいる。ドイツのレイマン博士は1984年に「モビング〜職場での心理的暴力とその防衛術」という論文で、「周りからやりにくいと思われる人」を作り出すのは職場環境であると指摘している。
スウェーデン国立労働安全衛生委員会は1993年に「職場での虐待に関する規則」を採択、モビング(職場いびり)を法的に定義し従業員サポートを義務づけている。
フランスでは精神科医フランス・イルゴエンヌ博士が「精神的な暴力」の臨床的研究を重ね、1998年に「モラル・ハラスメント - 人を傷つけずにはいられない」を発表しモラル・ハラスメントの法制化を訴え、2002年に労働法にモラル・ハラスメント規制が加えられた。

 このように国により呼称に違いはあってもハラスメントが存在するということは興味深い。
これは世界中の職場集団で、ある特定の人を標的にした「心理的攻撃」が存在することを意味している。些細な意見の違いで自分がのけ者にされたり、逆に自分が誰かを攻撃するということは私たちの身の回りで日常的に起こり得る。それが職場全体の雰囲気を悪くし、仕事の効率を低下させ、本来は十分に力を発揮できるはずの人の健康を阻害し、ついには退職という人材の流出につながってしまうのである。



どこにでもあるパワハラ
<公開相談アンケート>
パワハラ図表

 2001年に始めた私たちの実態調査によると、パワハラ被害を訴えるのは20〜30歳代が最も多く(図1)、背景に価値観の世代間格差もあると思われるが、少なくとも若い力が職場で十分に発揮されているとは言いがたい。また、50歳代の人からの訴えには最近のリストラの影響が窺えた。男女の比率はほぼ同じで(図2)、組織規模別には大きな差は見られず、大組織でも、従業員50名未満の中小規模の組織でもパワハラが起きている(図3)。業界別ではサービス業が最も多いが、官公庁や病院、学校などからの相談も多く、業界を問わずパワハラが存在することを物語っている(図4)。職種としては事務職の比率が高い。これらのことから、パワハラは権力構造がはっきりした比較的閉鎖的な空間で起こっていることが窺える。

 また、相談者の多くは「パワハラを受けるのは自分の責任」という自責の念にとらわれており、ハラスメントで受けたダメージを一層深刻化している。パワハラを訴えた4割近くの人が身体的、精神的な不調を告げている(図5)。また、特に異常はないと言っている人でも、やりきれなさや怒りを強く感じており、パワハラが長期化すると心身に不調を来す人が増えていくことが予想される。

 今後の対応については「我慢する」という人は1割以下で、公的機関に相談したり、訴訟を起こすというような行動に移る人も増えつつある。しかし、4割以上の人が「退職する」と答えており(図6)、パワハラさえなければ力を発揮できた人材の流出は組織にとって大きな損失と言えるであろう。

次回に続く